「人生を組み替える」婚活編 第1話
「いい人」なのに、なぜか疲れる|地方移住後のマッチングアプリ体験
地方へ移住して、しばらく経った。
長く続けてきた仕事を辞めて、住む場所を変えた。
これから何をして生きていくのかも、まだ決め切っていない。
そんな人生の組み替えの途中で、もう一つ考え始めたことがある。
パートナーのことだ。
40代半ば。
婚活をするには、決して若いとは言えない。
でも、もう遅いとも思わなかった。
むしろ若い頃より、自分が何を求めているのかは分かっている。
……と思っていた。
ところが、実際に一人の男性と会ってみて、私は思いがけないことに気づくことになった。
「私は、どういう人と一緒にいると心地いいのか」
- 婚活を始めたのは、恋愛だけが目的ではなかった
- メッセージの段階から、少しだけ気になっていた
- 実際に会ってみると、普通に楽しかった
- 「楽しい」と「また会いたい」は、同じではなかった
- 「いい人」なのに、なぜか癒やされない
- 身体の反応は、頭より正直だった
- また会うことを想像すると、温泉より先に「嫌」が来た
- 「40代で一度も結婚していないなら、何かあると思っていた」
- 「いい人だから、もう一度会うべき」ではない
- 私が欲しいのは、「正しい人」ではなく「安心できる人」
- 温泉に入っても、癒やされなかった
- 「一緒にいて疲れない人」という条件
- 婚活は、「相手を選ぶ」だけではなかった
- まだ、これだけでは分からない
- そして、まだ答えは出ていない
婚活を始めたのは、恋愛だけが目的ではなかった
移住して、私はまだこちらにそれほど多くの友人がいるわけではない。
だからマッチングアプリを始めた理由は、もちろんパートナー探しではあるけれど、それだけでもなかった。
ご飯を食べたり。
日帰り温泉に行ったり。
ドライブしたり。
鹿児島の知らない場所を教えてもらったり。
そんな関係ができたら、それも悪くないと思っていた。
40代半ばになると、若い頃のように「恋人を作らなければ」という焦りは、あまりない。
一人で過ごす時間も、それなりに楽しめる。
だからこそ、
「一緒にいたら、今より人生がちょっと楽しくなる人」
くらいの感覚で、婚活を始めてみた。
メッセージの段階から、少しだけ気になっていた
今回会った男性は同年代。
医療関係の仕事をしていて、温泉やドライブ、旅行など、趣味の共通点も多かった。
メッセージも丁寧だった。
鹿児島のおすすめスポットを教えてくれたり、旅行の話をしたり、音楽の話をしたり。
だから、最初は普通に話せる人だと思った。
ただ、同時に小さな違和感もあった。
自分の仕事のこと。
過去のこと。
家族のこと。
人生観。
悩み。
将来のこと。
かなり早い段階から、いろいろな話をしてくる。
話題も次々に変わっていく。
「ちょっと情報量が多いな」
と思うことがあった。
実はメッセージの途中で、何度も、
「もうやめようかな」
と思っていた。
それでも、
「実際に会ってみたら印象が違うかもしれない」
と思った。
婚活では、こういうこともあるんだろう。
だから、一度会ってみることにした。
実際に会ってみると、普通に楽しかった
待ち合わせをして、カフェに行った。
その後、日帰り温泉にも行った。
食事もした。
会話は普通に成立したし、楽しい時間もあった。
相手も親切だった。
だから、
「最悪だった」
という話ではない。
むしろ、客観的に見れば、良くしてもらったと思う。
人に関わる仕事をしてきた者同士、仕事の話はむしろ面白かった。
それぞれが経験してきたこと。
仕事の中で感じてきたこと。
人との関わり方について考えていること。
専門職だからこそ分かる話もあったし、知らない世界の話を聞くのも面白かった。
仕事に対して真面目に向き合っていることも伝わってきた。
だからこそ、自分でも少し不思議だった。
話は面白い。
嫌な人でもない。
それなのに、なぜ私はこんなに疲れるんだろう。
「楽しい」と「また会いたい」は、同じではなかった
その日は楽しい瞬間もあった。
食事もした。
温泉にも入った。
でも、途中から私は、早く帰りたいと思っていた。
温泉から出たあと、帰宅までまだ1時間以上ある。
その時間が、ものすごく長く感じた。
一方で相手は、
「またご飯行きましょう」
「また温泉行きましょう」
と、帰り際に何度も次の予定を口にしていた。
温度差があった。
私はもう帰りたかった。
相手は、まだ一緒にいたかった。
そのとき初めて、
「楽しかった」と「また会いたい」は同じではない
と、身をもって分かった。
「いい人」なのに、なぜか癒やされない
今回の男性は、決して何もかも嫌だったわけではない。
人に関わる仕事の話は面白かった。
温泉や旅行の話もできた。
仕事に対する熱意もあった。
親切にしてもらったこともある。
だから、
「嫌な人だったから会いたくない」
という話ではない。
むしろ、客観的に見れば「いい人」の部類に入るのかもしれない。
それなのに、私はその人と一緒にいて、一度も「ほっとした」と感じなかった。
楽しい瞬間はあった。
でも、癒やされる感じがなかった。
むしろ、会ったあとにひどく疲れた。
帰宅してからも頭が妙に冴えて、眠れなかった。
そこで、ふと気づいた。
私はこれまでの人生で、
「一緒にいることで心がゆるむ人」
と、
「一緒にいると、なぜか気を張ってしまう人」
がいることを知っている。
今回の男性と一緒にいたときの感覚は、後者だった。
身体の反応は、頭より正直だった
頭では、いろいろ考えられる。
「いい人だ」
「共通の趣味もある」
「仕事の話も、専門職同士だからこそ分かる部分があって面白い。」
「この土地のこともいろいろ教えてくれる」
でも、身体はもっと単純だった。
立って話しているとき、私が少し後ろに下がっても、相手が距離を詰めてくることがあった。
温泉のあと、車の中では、冗談交じりに身体に触れようとされた。
私は、
「触ったら怒りますよ」
と伝えた。
その瞬間、自分でも分かった。
私はこの人と親密になりたいわけではない。
性的な魅力も感じていない。
むしろ、触られることを想像するだけで嫌だった。
婚活では年収や仕事、年齢など、いろいろな条件が見えてしまうし、考える。
でも身体の反応は案外シンプルだ。
「この人に近づいてほしいか、離れてほしいか。」
それは、頭で作った条件表よりずっと正直だった。
また会うことを想像すると、温泉より先に「嫌」が来た
その後、彼からまた温泉や食事に誘われた。
行ったことのない温泉に連れて行ってくれる。
それだけなら魅力的だ。
私は温泉が好きだから。
でも、想像すると、
「また触られるかもしれない」
「またあの話を聞いて返事をしなければならない」
「また関係について何か聞かれるかもしれない」
そして何より、
あの狭い車の助手席に座って、長時間一緒にいる。
そう考えると、
「行きたい」
ではなく、
「嫌だ」
が先に出てきた。
温泉は行きたい。
でも、この人とは行きたくない。
それが私の答えだった。
「40代で一度も結婚していないなら、何かあると思っていた」
そして、彼からこんなことも言われた。
「40代で一度も結婚していないってことは、何かあるんだろうなと思っていた。でも、会ってみたら意外と普通だった」
……。
今思い出しても、なかなか失礼である。
(笑)
私は、結婚していない人の中には、
仕事に打ち込んできた人。
自分の人生を優先してきた人。
単純にタイミングが合わなかった人。
いろいろな人がいると思っている。
「結婚していない=何か問題がある」
という考え方には、かなり違和感があった。
そして内心、
「そんなふうに思っていたなら、なぜマッチングしたんだろう」
とも思った。
「いい人だから、もう一度会うべき」ではない
ここで私は、婚活について少し考えた。
その日の食事が美味しかったか。
会話が成立したか。
相手が親切だったか。
趣味が合ったか。
そういうことと、
「この人とまた会いたいか」
は別なのだ。
そして、
「この人と一緒に人生を過ごしたいか」
は、さらに別の話だ。
「悪い人ではない」
「いい人だと思う」
「自分に好意を持ってくれている」
だからといって、
自分も好きにならなければいけないわけではない。
一度会ってみた。
そして、自分には合わないと分かった。
それで十分なのだと思う。
私が欲しいのは、「正しい人」ではなく「安心できる人」
今回の経験で、私は一つのことに気づいた。
私はこれまで、相手の経歴や仕事、価値観などをかなり細かく見ていた。
年齢は?
仕事は?
年収は?
子どもは?
どんな人生を送ってきた?
将来どうしたい?
もちろん、それも大事だ。
でも、それ以上に大事なものがある。
一緒にいるとき、自分の身体が緊張していないか。
会話が途切れても平気か。
自分の時間を持てるか。
相手にも相手の人生があると思えるか。
そして何より、
その人と一緒にいることで、自分の人生が少し穏やかになるか。
今回の私は、どうも逆だった。
温泉に入っても、癒やされなかった
私は温泉が好きだ。
だから、温泉に入ればリセットできると思っていた。
でも、その日は違った。
濃厚なかけ流し温泉に浸かっているのに、神経だけがずっと逆立っていた。
帰宅してからもひどく疲れた。
眠れなくなった。
そのとき、少し分かった。
私は温泉に癒やされなかったのではない。
その人と一緒にいたことで、そもそも私の神経が休める状態になっていなかったのだ。
温泉の濃さより、一緒にいる人の安心感。
そんなことを、まさか婚活で気づくとは思わなかった。
「一緒にいて疲れない人」という条件
今回の出会いで、私の中に一つ新しい条件ができた。
それは、
一緒にいて疲れない人。
会話が途切れても平気。
自分の時間を持てる。
相手にも相手の人生がある。
悩みや愚痴を聞くことはあっても、お互いが相手のカウンセラーにはならない。
自分のペースを守れる。
相手のペースも尊重できる。
そして、会ったあとに、
「楽しかったな。また会いたいな」
と思える。
これって、年収や学歴よりも、もしかしたらずっと重要なのかもしれない。
婚活は、「相手を選ぶ」だけではなかった
婚活というと、
「自分が選ばれるか」
という視点になりやすい。
年齢。
年収。
容姿。
仕事。
結婚歴。
いろいろな条件で見られる。
でも、実際にやってみると、
私も相手を選んでいい。
という当たり前のことに気づく。
「この人は私を好きになってくれるか」だけではない。
「私はこの人と一緒にいたいか?」
も同じくらい重要なのだ。
そして、その答えは、条件表だけでは分からない。
実際に会ってみて、
一緒に歩いてみて、
話してみて、
同じ空間にいてみて。
そのとき自分がどうなるか。
私は今回、それを知ることができた。
まだ、これだけでは分からない
今回の出会いだけで、
「私はこういう男性が好き」
と明確になったわけではない。
むしろ、分かったのは、
「私はこういう関係では疲れる」
ということだった。
それだけでも、今回婚活をしてみた意味はあったと思う。
たくさん話す人が嫌いなわけではない。
子どもがいる人が嫌なわけでもない。
離婚歴がある人が嫌なわけでもない。
仕事や過去の経験が複雑だから、一緒にいられないわけでもない。
何か特別な条件に引っかかったわけでもない。
ただ、
一緒にいる間ずっと、自分の神経が緊張している。
その感覚を、私は無視したくないと思った。
どんなに「いい人」でも、
自分が安心していられない相手とは、一緒に人生を作りたくない。
これは、今回の婚活で私が初めてはっきり言葉にできたことだった。
そして、まだ答えは出ていない
私はまだ、
「どんな人と結婚したいのか」
という答えを持っているわけではない。
そもそも、結婚したいのかどうかも、まだよく分からない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
私は、
「いい人だから」という理由だけで、誰かと関係を続けなくてもいい。
そして、
「まだ分からない」という自分の気持ちも、大切にしていい。
今回の男性との出会いは、恋愛には発展しなかった。
でも、その代わりに、
「私は一緒にいるとき、どんな感覚になる人を求めているのか」
という問いを残してくれた。
たぶん次の婚活では、相手の条件だけではなく、
「この人といる私は、どんな私になっている?」
を見ていきたい。
その答えが、
「なんだかずっと疲れている」
なら、それも立派な答えなのだと思う。
そして、この出会いを振り返っているうちに、私はもう一つ気づいた。
私はどうやら、
「何でも話してくれる人」と「信頼できる人」は、同じではないと思っているらしい。
そして、
「緊張しなくていい」と言われたから緊張が解けるわけでもない。
では、私にとって「信頼できる人」とは、いったいどんな人なのだろう。
家に帰ってから考えてみると、単純に「恋愛対象として惹かれなかった」だけでは説明できない気がした。
私はなぜ、あれほど緊張していたのだろう。
そして、彼が言っていた「信頼」という言葉が、なぜか私にはしっくりこなかった。
どうやら私と彼では、「信頼する」ということの意味そのものが違っていたらしい。
次の記事では、私が初対面で安全確認をしたときに起きたことや、「信頼してもらって大丈夫」と言われても安心できなかった理由について書いてみたい。
「人生を組み替える」シリーズ|全話はこちら
仕事、暮らし、学び方――40代、これからの人生を自分で選び直していく。
婚活をしていると、相手の言葉や態度に「私はどうしてこんなに引っかかるんだろう」と考えることがある。
最近、婚活以外の場でも同じことが起きて、自分には「人から向けられた感情を引きずりやすい」という傾向があることに気づいた。
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