人生を組み替える|婚活編 第2話
第1話では、地方移住後に始めた婚活で、一人の男性と会ったときのことを書いた。
「いい人」だった。
話も面白かった。
共通の趣味もあった。
それなのに、一緒にいると妙に疲れた。
温泉に入っても、神経が休まらなかった。
そして家に帰ってから、私は考えた。
なぜ、私はこんなに緊張していたのだろう。
単純に、恋愛対象として惹かれなかったからだろうか。
もちろん、それもあると思う。
でも、それだけでは説明できない気がした。
振り返ってみると、私が感じていた違和感の一つは、「信頼」というものに対する考え方が、彼と私ではかなり違っていたことだった。
- 「僕はフランクな人間だから、信頼してもらって大丈夫ですよ」
- 「信頼していい」と言われても、信頼できるわけではない
- 「何でも話せる」と「何でも話さなくていい」は違う
- 初対面だから、安全確認をした
- 安全確認と、相手を疑うことは同じではない
- 「緊張しなくていい」と言われたことで、逆に緊張した
- 本当に安心できる人は、「安心して」と言わなくても安心できる
- 私にとって「信頼」は、距離を縮めることではない
- そして、私は「白黒を急がない人」がいい
- 「まだ分からない」は、断ることではない
- 数日経って、ようやく分かったこと
- 「好きになるまでの時間」も、相性の一部だった
- 婚活で知ったのは、相手のことだけではなかった
- 信頼は「宣言」ではなく、積み重ねなのだと思う
- 私も「グレー」を大切にしていい
- 私が欲しいのは、「心を開いてくれる人」ではなかった
- 「いい人」でも、信頼できるとは限らない
- 信頼できる人とは、「信頼していい」と言ってくれる人ではない
「僕はフランクな人間だから、信頼してもらって大丈夫ですよ」
彼は、自分のことをかなり率直に話す人だった。
過去のこと。
仕事のこと。
家族のこと。
これまでの人生で経験してきたこと。
かなり早い段階から、いろいろな話をしてくれた。
そして、
「自分はフランクな人間だから」
「思ったことは口にするタイプだから」
「人をだますような人間ではないから」
「信頼してもらって大丈夫ですよ」
という趣旨のことも言っていた。
たぶん、本人としては安心させようとしていたのだと思う。
「そんなに緊張しなくていいですよ」
という気持ちだったのかもしれない。
でも私は、その言葉を聞いても安心しなかった。
むしろ、少し緊張した。
「信頼していい」と言われても、信頼できるわけではない
今になって考えると、彼と私では、信頼の作り方そのものが違ったのだと思う。
彼にとっては、
自分のことを隠さず話す
↓
相手に心を開く
↓
だから相手も自分を信頼してくれる
という流れだったのかもしれない。
自分のことをたくさん話すことが、親密さの表現だったのだと思う。
一方、私にとって信頼は、もっと時間をかけて作っていくものだ。
何を話したかよりも、
その人がこちらの「嫌」をどう扱うか。
こちらのペースを待てるか。
言葉と行動が一致しているか。
こちらが少し距離を取ったとき、その距離を尊重してくれるか。
そういうことを何度か見て、
「あ、この人なら大丈夫かもしれない」
と思う。
だから、
「信頼していいですよ」
と言われても、
「はい、分かりました」
とはならない。
信頼は、本人から申告されて成立するものではないからだ。
「何でも話せる」と「何でも話さなくていい」は違う
私は、親しくなったからといって、すべてを話したいわけではない。
自分の過去。
家族のこと。
恋愛のこと。
仕事のこと。
それぞれに、
「今話したいこと」と、
「まだ話したくないこと」
がある。
そして、その境界線を自分で決められることが、私にとっては安心につながる。
話したくなったら、自分から話せばいい。
今は話したくなければ、話さなくてもいい。
答えにくそうなら、そこで話題を変えてもいい。
私にとって、
「聞かない」ということは、無関心ではない。
むしろ、
「今はここまでにしておこう」
という相手の余白を、そのまま残しておくことだ。
だから私は、
「何でも話せる人」より、「何でも話さなくていい人」のほうが信頼できる。
今回、そのことがかなりはっきりした。
初対面だから、安全確認をした
そして、これは恋愛以前の話なのだけれど。
初対面の男性と日帰りで出かけることになり、車に乗ることになった。
私は念のため、
「車の写真を撮って親に送ってもいいですか」
「本名や職場を確認してもいいですか」
と聞いた。
私としては、ごく普通の安全確認だった。
初めて会う人の車に乗る。
しかも、長時間一緒にいる。
だったら、最低限の情報を家族に共有しておく。
それくらいはしておきたい。
ところが彼は、
「そんなに信用できないなら、なぜ乗るんですか」
「結構失礼だと思います」
というような反応をした。
私は、
「え、そこを問題にするんだ」
と思った。
安全確認と、相手を疑うことは同じではない
私は、相手を犯罪者だと思っていたわけではない。
「この人は危険人物かもしれない」と思っていたわけでもない。
ただ、
初対面だから、安全確認をした。
それだけだった。
むしろ、
「まだ知らない相手だからこそ、慎重にしておこう」
と思っていた。
でも彼からすると、
「車の写真を家族に送る=自分を信用していない」
という受け止め方になったのかもしれない。
ここにも、二人の違いがあった。
私は、
「まだ信頼関係ができていないから慎重になる」
と考える。
彼は、
「自分は悪い人間ではないのだから、最初から信頼してほしい」
と考える。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、私は前者だった。
「緊張しなくていい」と言われたことで、逆に緊張した
その後も、
「そんなに緊張しなくていいですよ」
という趣旨のことを言われた。
でも、私は緊張していた。
そこで、ふと考えた。
「緊張しなくていいと言われたら、人は本当に緊張しなくなるのだろうか」
少なくとも私は、ならなかった。
むしろ、
「緊張している自分がおかしいのかな」
と、自分の感覚を疑いそうになった。
でも、今なら分かる。
安心は、言葉で指示されて生まれるものではない。
本当に安心できる人は、「安心して」と言わなくても安心できる
私は、
「信頼していいですよ」
と言われたから信頼できるわけではない。
「緊張しなくていいですよ」
と言われたから緊張が解けるわけでもない。
本当に安心できる人といるときは、
そもそも自分が緊張していることに気づかない。
こちらが少し距離を取れば、その距離を保ってくれる。
答えたくないことには踏み込まない。
すぐに答えを求めない。
こちらが迷っている時間も、そのままにしてくれる。
そういう小さな積み重ねの中で、
「あ、この人なら大丈夫かもしれない」
と思えるようになる。
だから私は、最近こう思う。
「緊張しなくていい人」と言われたから緊張が解けるのではない。
緊張しなくていい人と一緒にいると、気づいたら緊張していない。
私にとって「信頼」は、距離を縮めることではない
今回の出会いで、私は「信頼」という言葉について考え直した。
信頼とは、
何でも話せることでもない。
すぐに距離を縮めることでもない。
相手のことを疑わないことでもない。
むしろ、
「この人の前なら、自分の距離感を自分で決めていい」
と思えることなのかもしれない。
近づきたいときは近づく。
少し離れたいときは離れる。
話したいときは話す。
話したくないときは黙っている。
そのどちらも許される。
そんな関係なら、私は少しずつ心を開いていける気がする。
そして、私は「白黒を急がない人」がいい
ここからは、信頼の話と少し重なるのだけれど。
今回、もう一つ大きな違いを感じた。
私は、何事もすぐには決めない。
「また会いたいか?」
と聞かれても、一度会っただけでは分からない。
「友達なのか、恋愛なのか?」
と聞かれても、何度か会ってから考えたい。
「今後どうするのか?」
も、もう少し相手を知ってから決めたい。
私は、
「まだ分からない」
という状態を、それほど悪いことだと思っていない。
「まだ分からない」は、断ることではない
婚活では、
「あり」か「なし」か。
「付き合う」か「付き合わない」か。
「次も会う」か「もう会わない」か。
すぐに判断しなければいけないような空気がある。
でも、人を好きになることなんて、本来そんなに早く決められるものだろうか。
私は、
「今日は楽しかった。でも、まだ分からない」
でもいいと思っている。
「もう一度会うかもしれない。でも、今は決めない」
でもいい。
そのグレーな時間の中で、相手のことを少しずつ知っていけばいい。
数日経って、ようやく分かったこと
会った直後の私は、彼が私に何を求めていたのか、いまひとつ分かっていなかった。
ただ、
「距離が近いな」
「ずいぶん早く関係を進めようとするな」
「なんでこんなに信頼を求めてくるんだろう」
という違和感だけが残っていた。
でも、数日経ってから、その日の言動を一つずつ思い返してみた。
身体的に距離を詰めてきたこと。
また会おうと繰り返し言われたこと。
「自分はあなたとしかやり取りしていない」と言われたこと。
アプリをやめようとしていると言われたこと。
一人で死ぬのは寂しい、という話。
そして、まだ一度しか会っていない私に対して、関係について比較的早い段階で答えを求めていたこと。
そこで、ようやく腑に落ちた。
ああ、この人は私に恋人になってほしかったんだ。
たぶん、会った当日から。
数日前までは、私はそれすらよく分かっていなかった。
でも今振り返ると、私が「ちょっと待って」と感じていた理由も分かる。
私はまだ、
「この人はどんな人なんだろう」
という段階だった。
ところが相手は、
「この人とどういう関係になるか」
という段階まで進んでいた。
同じ一回目のデートにいても、見ていたものが違ったのだ。
私は相手を知ろうとしていた。
相手は、関係を進めようとしていた。
その速度の違いが、私には「圧」として感じられたのかもしれない。
「好きになるまでの時間」も、相性の一部だった
今回、私は気づいた。
恋愛の相性というと、
趣味が合うか。
価値観が合うか。
会話が楽しいか。
身体的に惹かれるか。
そんなことを考えがちだ。
でも、それだけではない。
好きになるまでのスピードも、相性なのだ。
すぐに距離を縮めたい人と、
ゆっくり距離を縮めたい人。
何でも話したい人と、
少しずつ話したい人。
すぐに関係を決めたい人と、
グレーのまま考えたい人。
どちらが正しいわけでもない。
ただ、ペースが違いすぎると、どちらかが疲れる。
そして私の場合、相手が早く答えを求めれば求めるほど、
私は逆に距離を取りたくなる。
それも一つの相性なのだと思う。
婚活で知ったのは、相手のことだけではなかった
今回、私は相手のことを知った。
でも、それ以上に自分のことを知った。
私は、
- すぐに信頼しなくてもいい
- すぐに答えを出さなくてもいい
- 話したくないことは話さなくていい
- 自分のペースを守っていい
- 安全確認をしていい
- 相手に「信頼して」と言われても、自分の感覚を優先していい
ということ。
そして、
「私が安心できるかどうか」も、立派な相性の条件なのだ。
信頼は「宣言」ではなく、積み重ねなのだと思う
「僕は信頼できる人間ですよ」
そう言われたからといって、信頼できるわけではない。
「緊張しなくていいですよ」
と言われたからといって、緊張しなくなるわけでもない。
信頼は、もっと地味なものなのだと思う。
こちらの「嫌」を尊重する。
急かさない。
踏み込みすぎない。
約束を守る。
言葉と行動が一致する。
こちらのペースを待つ。
そういうことが何度も積み重なって、
「この人なら大丈夫かもしれない」
になっていく。
だから私は、
「信頼していいですよ」と言う人より、気づいたら信頼してしまっている人がいい。
そう思うようになった。
私も「グレー」を大切にしていい
そしてもう一つ。
私は、すぐに答えを出さなくていい。
好きかどうか分からない。
また会いたいかどうかも分からない。
恋愛になるかどうかも分からない。
それでいい。
「まだ分からない」
という時間を、自分に許していい。
それは相手を弄んでいるわけでも、優柔不断なわけでもない。
人を知るには、時間が必要だからだ。
そして、その時間を待ってくれる人かどうか。
それ自体も、相手を見る大切なポイントなのだと思う。
私が欲しいのは、「心を開いてくれる人」ではなかった
ここまで考えて、ようやく第1話で感じていた違和感の正体が少し見えてきた。
私は、
「自分を開いてくれる人」
を求めていたわけではなかった。
私が求めていたのは、
「私が自然に心を開ける人」
だった。
この二つは、似ているようで全然違う。
相手がどれだけ自分を開いてくれても、
私が「もっと近づいていい」と感じなければ、親密さにはならない。
むしろ、
相手が一歩近づいてきたとき、こちらも自然に一歩近づきたくなる。
そんな関係が、私には合っている。
「いい人」でも、信頼できるとは限らない
今回の男性が悪人だったとは思っていない。
仕事にも真面目だった。
人の役に立ちたいという思いもあった。
話していて面白い部分もあった。
親切にしてもらったこともある。
だからこそ、
「いい人」と「私が安心できる人」は、別なのだ。
そして、
「悪い人ではないから、もう一度会うべき」でもない。
婚活を始めるまで、私はどこかで、
「相手に大きな問題がないなら、もう少し会ってみてもいいのでは」
と思っていた気がする。
でも今は違う。
相手がいい人かどうかだけではなく、
その人といるときの自分がどうなるのか。
そこも見ていいのだと思う。
信頼できる人とは、「信頼していい」と言ってくれる人ではない
今回の出会いは、恋愛には発展しなかった。
でも、私にとっては一つの収穫があった。
私は、どういう人を信頼するのか。
少しだけ分かったからだ。
たぶん私は、
自分のことをたくさん話してくれる人より、
私が話す量を自分で決めさせてくれる人。
私を急いで理解しようとする人より、
「まだ分からない」をそのままにしてくれる人。
「安心して」と言ってくれる人より、
安心できる環境を、行動で作ってくれる人。
そんな人に惹かれるのだと思う。
そして、
信頼とは、距離を縮めることではない。
安心して、自分で距離を決められることなのかもしれない。
ここまで考えて、私はもう一つ気になった。
私はなぜ、そもそも婚活をしているのだろう。
「信頼できる人がいい」
「安心できる人がいい」
「一緒にいて疲れない人がいい」
そこまでは分かった。
でも、その先にあるのは何なのだろう。
私は、本当に「結婚したい」のだろうか。
次の記事では、40代半ばになった今、私がなぜ婚活を始めたのか。
そして、「結婚したくない」と思っていた私が、本当に探しているものは何なのか。
そこをもう少し考えてみたい。
「人生を組み替える」シリーズ|全話はこちら
仕事、暮らし、学び方――40代、これからの人生を自分で選び直していく。
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