「会ってみないと分からない」のに、会うまでに頑張りすぎていた|人生を組み替える|婚活編⑦

人生を組み替える

人生を組み替える|婚活編 第7話


マッチングアプリで、また一人の男性と会った。

メッセージの印象は悪くなかった。

むしろ、かなり良かった。

穏やかそうで、仕事も真面目にしている。
植物が好きで、猫を飼っていた経験もある。
こちらの話にも丁寧に返してくれる。

「お互いを尊重し合えるパートナーを探しています」

プロフィールには、そんなことが書いてあった。

メッセージを重ねるうちに、

「この人なら、もしかしたら」

と思うようになった。

だから会うことになった。

ところが、実際に会ってみると、思っていた印象とかなり違った。

一番大きかったのは、写真と実物のギャップだった。

プロフィールでは若々しい印象だったのに、実際に会ってみると、年齢相応というより、私にはかなり年上に感じられた。

そこで、ふと思った。

私はいったい、何を確認するために、ここまでメッセージを重ねていたんだろう。

「いい人」と「会いたい人」は違う

マッチングアプリでは、メッセージのやり取りが続くと、相手への期待が少しずつ膨らんでいく。

ちゃんと返信してくれる。

質問もしてくれる。

価値観も悪くなさそう。

仕事も真面目。

動物も好き。

文章も穏やか。

そうやって一つずつ「いいところ」が積み重なっていく。

すると、いつの間にか、

「この人はいい人かもしれない」

から、

「この人と会ってみたい」

に変わっていく。

でも、本当はこの二つは別物だ。

「いい人そう」という情報は、文章からかなり得られる。

けれど、

  • 実際の雰囲気
  • 話すテンポ
  • 表情
  • 清潔感
  • 年齢の印象
  • 距離感
  • 一緒にいるときの自分の感覚

こういうものは、実際に会ってみないと分からない。

だから、どれだけメッセージを重ねても、最後に残る一番重要な情報が抜けたままなのだ。

写真が違えば、そもそもの前提が違う

今回、特に引っかかったのは写真だった。

写真が多少きれいに撮れている。

それくらいなら、マッチングアプリでは珍しくない。

でも、もし現在の姿ではなく、若い頃の写真を使っていたのだとしたら、話は少し違ってくる。

それは単なる「写真写り」の問題ではない。

会う側は、その写真を見て、

「この人に会ってみたい」

と判断しているからだ。

写真が現在の本人をかなり違って見せているなら、相手は最初から違う条件で判断していることになる。

痩せていた頃の写真も同じだ。

過去の一番いい時期の自分を見せたい気持ちは、分からなくもない。

でも、会った瞬間に、

「写真とずいぶん違う」

と思わせるほどなら、そのギャップは相手にとって小さくない。

そして何より困るのは、その後だ。

「写真と違ったのでお断りします」

とは、なかなか言えない。

「ここまでやり取りしたのだから」が、余計な負担になる

今回も、会うまでにかなりメッセージをした。

相手の仕事の話を聞いた。

趣味の話をした。

猫の話をした。

休日の過ごし方を聞いた。

恋愛観についても少しずつ話した。

そうやって時間を使って、

「ようやく会えるところまで来た」

と思った。

だからこそ、会ってみて違和感があったときに、簡単には切り上げにくい。

「せっかくここまでやり取りしたのに」

という気持ちが出てくるからだ。

でも、考えてみればおかしな話でもある。

メッセージに使った時間が多いほど、相手との関係を続ける義務が増えるわけではない。

むしろ逆だ。

会うまでに時間をかけすぎると、会った後に断ることの心理的負担まで大きくなる。

「会ってみないと分からない」を、もっと早く使えばいい

今回のことで、私は少し考え方を変えた。

マッチングアプリでは、

「メッセージで相手を十分に知ってから会う」

必要はないのかもしれない。

もちろん、最低限の安全確認や、会話が成立するかどうかを見ることは必要だ。

でも、

「この人はどんな人なのだろう」

を何日も、何十往復もかけて確認する必要はない。

実際に会えば、数十分で分かることもたくさんある。

文章では穏やかでも、実際に話すと落ち着かない。

プロフィールでは若々しくても、実際に会うと印象が大きく違う。

価値観は合いそうでも、一緒にいると恋愛対象として見られない。

逆に、文章ではそれほど惹かれなくても、実際に会うと、

「この人、なんかいいな」

と思うこともある。

だからこそ、会うこと自体を「最終試験」にしなくていい。

「ちょっとお茶してみる」

くらいでいいのだと思う。

写真より、会ったときの自分の感覚を信じる

そして、もう一つ今回感じたことがある。

私は実年齢より若く見られることが多い。

髪色や服装も含めて、一般的な40代半ばというイメージとは少し違うのだと思う。

現在の自分として、今の自分の好きな格好をしているだけではあるのだけれど。

だからこそ、相手にも同じことを求めたい。

「昔の自分」ではなく、「今の自分」を見せてほしい。

そしてこちらも、「今の自分」を見せる。

その状態で会って、

「この人ともう少し話したい」

と思えるかどうか。

それで十分なのではないだろうか。

会って「違う」と感じたなら、それは失敗ではない

今回、会ってみて、

「この人とは恋愛にならなそうだな」

と感じた。

相手が悪いわけではない。

むしろ、メッセージではとても丁寧な人だった。

でも、恋愛は「いい人だから付き合う」ものでもない。

一緒にいて心地いいか。

もう少し会いたいと思うか。

また話したいと思うか。

その感覚があるかどうかは、実際に会ってみないと分からない。

だから、

「会ってみたけど違った」

は失敗ではない。

むしろ、会うことでしか分からないことを確認できたということだ。

問題は、

「違ったこと」ではなく、「違うかもしれない相手に、会う前から時間と期待をかけすぎていたこと」

なのかもしれない。

これからは、もう少し早く会ってみようと思う。

そして、会ったときに自分の中で何が起きるのかを、もっと大事にしたい。

「いい人そうだから」ではなく、

「この人と、もう一度会いたいと思ったか」

そこを基準にしてもいいのだと思う。


メッセージを何十往復するより、会って最初の10秒で分かることがある。
40代の婚活で、私が気づいたこと。


「人生を組み替える」シリーズ|全話はこちら
仕事、暮らし、学び方――40代、これからの人生を自分で選び直していく。


もしこの記事が
「言えなかった気持ちを言葉にしてくれた」

そう感じていただけたら、
記事の最後から小さな応援を送っていただけると嬉しいです。

このブログを静かに続ける力になります。

※本記事の内容・概念の無断転載・再配布はご遠慮ください。
引用の際は、出典リンクの明記をお願いいたします。

コメント

Copied title and URL