45歳、もう「時間を無駄にしたくない」と思わなくなった|人生を組み替える|仕事編⑦

人生を組み替える

「人生を組み替える」シリーズ|#07|40代、自由な時間をどう使うのか

仕事を辞めて、職業訓練に通い始めた

仕事を辞めて地方都市に移り、職業訓練に通い始めた。

大工仕事を学んだあと、今は電気について勉強している。

これまでの仕事とはかなり違う世界だ。

電線や配線、スイッチ、コンセント、図面。

今まで「なんとなく知っている」程度だったものを、実際に手を動かしながら覚えていく。

そして、訓練そのものと同じくらい面白いのが、そこで出会う人たちだった。


これまで出会ったことのない人たちが、同じ教室にいる

訓練所には、本当にいろいろな人がいる。

長年、学校で働いてきた人。

離島を含め、県内のいくつもの土地で仕事をしてきた人。

医療関係の仕事をしていた人。

子どもを育てながら、いくつもの仕事を経験してきた人。

高校を卒業してからずっと働いてきた人もいれば、大学を出て一つの職場で長く働いてきた人もいる。

これから資格を取って、新しい仕事に就こうとしている若い人もいる。

年齢も、それまでしてきた仕事も、暮らしてきた場所も、訓練に来た理由も、本当にばらばらだ。

中には、これまでの私の人生だったら、たぶん出会うことのなかったような人もいる。

それが今は、同じ教室に座って、同じ先生の話を聞き、同じように工具を使ったり、電気の勉強をしたりしている。

こういう人たちと一緒に何かを学ぶという経験は、これまでの私にはあまりなかった。

だから、訓練の内容そのものだけでなく、そこにいる人たちを見ているのも結構面白い。

これまでの私の人生では、たぶん同じ場所に集まることのなかった人たちだ。

それが今は、失業という状態をきっかけに、同じ教室で電気の勉強をしている。

人生って、本当にいろいろだなと思う。


45歳になって、初めて知る「普通」

これまで私は、自分が歩いてきた道を基準にして、世の中を見ていたところがあると思う。

学校を出て、働いて、給料をもらって、貯金をして、旅行をする。

仕事を変えることはあっても、基本的には「働いてお金を稼ぐ」という枠の中にいた。

だから、似たような生活をしている人たちと出会うことが多かった。

でも、訓練所に来てみると違う。

高校卒業後すぐに働いた人もいれば、大学を出た人もいる。

長く一つの仕事を続けてきた人もいれば、いくつもの仕事を経験した人もいる。

子育てをしながら働いてきた人もいる。

離島から出てきた人もいる。

60代になってから、新しいことを学んでいる人もいる。

そこで初めて、

自分が「普通」だと思っていたものは、たくさんある人生の一つにすぎなかったのかもしれない

と思うようになった。


「都会で働こうかな」と言った20代前半の女の子

そんな中で、少し印象に残った出来事があった。

ある20代前半の女の子が、「都会で働こうかな」と話していた。

高校は工業系で、建築関係を目指している。

二級建築士の試験にも、もう3年ほど挑戦しているという。

私は、それなら都会で働いてみるのもいいんじゃないかと思った。

建築関係なら、働く地域によって仕事の選択肢も変わるだろう。

若いうちに別の土地で働いてみるのも面白い。

そこで、地域によって収入が変わるという内容の動画を紹介した。

すると、その動画を見たあと、

「自分、1時間半もかけて訓練所に通っていて、この時間無駄だなって思った」

と言った。

私は少し意外だった。


私には「無駄」には見えなかった

私から見ると、彼女は今、資格や仕事につながる勉強を無料で受けられる環境にいる。

失業給付を受けながら、建築やCADなどについて学び、資格取得を目指すこともできる。

もちろん、片道1時間半の通学は大変だ。

往復すれば約3時間。

それを毎日続けるのだから、「遠い」と感じるのは当然だと思う。

ただ、私には、その時間が「無駄」とはあまり思えなかった。

その3時間の先には、今まで持っていなかった知識や技術がある。

資格を取るための勉強もできる。

そして、今後の仕事の選択肢を増やすための時間でもある。

だから私なら、

「今はその時間を使って、何かを身につけている」

と考えると思う。

でも、彼女にとっては違った。

同じ1時間半でも、私とは見えているものが違うのだろう。


でも、よく考えると、私も昔は同じだった

そこで少し考えた。

私はいつから、「時間を無駄にしたくない」とあまり思わなくなったのだろう。

20代の頃は、もっと欲があった。

あれもしたい。

これもしたい。

あそこにも行きたい。

これも見たい。

もっと稼ぎたい。

もっと経験したい。

そんな気持ちがたくさんあった。

だから、働くことにもかなり明確な意味があった。

働けばお金が増える。

お金が増えれば、旅行に行ける。

行きたいところに行ける。

欲しいものを買える。

将来の不安も減らせる。

そうやって働いて、貯めて、投資してきた。

そして実際に、海外旅行にも国内旅行にも行った。

以前だったら「いつか行きたい」と思っていた場所にも、かなり行った。


「次はどこに行きたい?」と聞かれても、すぐには出てこない

今でも、ときどき「次はどこに旅行したいかな」と考える。

でも、昔のように「あそこに行きたい!」「これを見たい!」と次々に浮かんでくるわけではない。

もちろん、まだ行っていない場所はたくさんあるし、
よく考えてみればジンバブエなら心から行きたいとは思う。

でも、今は円安でもある。

旅行にはまとまったお金もかかる。

そこで、

「そこまでお金をかけて、今、本当に行きたいかな」

と一度考えるようになった。

昔はそんなことを考えなかった。

行きたいから行く。

そのために働く。

それでよかった。

でも45歳になった今は、少し違う。


ある程度、稼いだ。ある程度、貯めた。だから今は?

私はこれまで、決してものすごく高い収入を得てきたわけではない。

それでも働いて、貯めて、投資をしてきた。

その結果、今は「もっともっと稼がなければ」と思う必要が、それほどなくなった。

もちろん、お金はあったほうがいい。

でも、これ以上収入を増やすことが、人生の最優先事項ではなくなった。

そうすると、今度は別の疑問が出てくる。

じゃあ、これから何をして過ごそうか。

これまでの人生では、

「どうやって稼ぐか」

「どうやって貯めるか」

「何を買うか」

「どこへ行くか」

ということを考えていれば、ある程度、次の目標が見えていた。

今は、それが少し違う。


今は、人生を「消化試合」くらいに思っているのかもしれない

最近の私は、人生を少し「消化試合」のように考えているような気もする。

悪い意味ではない。

もう、何かに勝たなければいけないわけでもない。

誰かより成功しなければいけないわけでもない。

これ以上、必死になって資産を増やす必要もない。

だから、

「時間を無駄にしないようにしなければ」

という気持ちも、以前よりかなり薄くなった。

むしろ、

「別に、何の役に立たない時間があってもいいんじゃないか」

と思うようになった。

数か月前より肩の力が抜けているということだから、精神的には良いのかもしれない。


今は、訓練所で学ぶことそのものが面白い

だから今、職業訓練に通っていることも、「将来のため」という理由だけではない。

大工仕事をやってみる。

木を切る。

工具を使う。

電気の仕組みを知る。

配線図を見る。

実際に手を動かしてみる。

「なるほど、こうなっているのか」と分かる。

それが面白い。

別に、この先必ず建築関係の仕事をするわけではない。

電気工事士として働くと決めたわけでもない。

でも、知らなかったことを知るのは楽しい。

45歳になって、そういう理由だけで時間を使えるようになったことは、意外と悪くないと思っている。


うには毎日、できることが増えている

そして家に帰ると、うにがいる。

うにとの生活も、50日を超えた。

来たばかりの頃にはできなかったことが、毎日のようにできるようになっている。

飛べなかった高さまで、飛べるようになった。

数週間前までは、私が椅子に座っていると、膝に飛び乗ろうとしては、勢い余って私の太ももを傷つけていた。

それが今では、ジャンプ力がついたのか、飛び乗られても、彼は膝にソフトランディングできるようになり、私はケガをしないし痛くもない。

飛び降りることができなくて、私が下ろしていた場所からも、自分で飛び降りるようになった。

掃除機をかけていると、私の背中に乗ってくる。

冷蔵庫をごそごそしていると、どこからともなくやってきて、背中に飛び乗ってくる。

体重も、この50日ほどでほぼ2倍になった。

子猫の成長は本当に速い。

ほんの数週間前にはできなかったことが、気づけばできるようになっている。

毎日一緒にいると、その変化は小さく見えるけれど、こうして振り返ると、うにはちゃんと大きくなっている。

そんなうにを見ていると、

「私はこの50日で、何ができるようになったんだろう」

と思うことがある。


45歳の成長は、子猫ほど分かりやすくない

うには、昨日より高く飛べる。

昨日より遠くまで行ける。

昨日までできなかったことが、今日できる。

成長がものすごく分かりやすい。

45歳になると、そうはいかない。

身長が伸びるわけでもない。

昨日までできなかったことが、今日突然できるようになることも少ない。

でも、私はこの50日間で、知らない土地で新しい人たちと出会った。

大工仕事を覚えた。

今は電気を勉強している。

これまで知らなかった人たちの人生を知った。

そう考えると、私も私なりに、少しずつ何かを増やしているのかもしれない。

うにのように、毎日成長しなくてもいい。

毎日何かを生産しなくてもいい。

ただ、今日ちょっと面白かった。

今日、知らなかったことを知った。

それだけでも、十分なのかもしれない。


「時間を無駄にしない」より、「面白い」を選べる45歳でいたい

20代前半の彼女にとって、片道1時間半の通学は「無駄な時間」だった。

私には、それが少し不思議に見えた。

でも今は、その違いそのものが面白いと思っている。

20代には、これから積み上げていく時間がたくさんある。

45歳の私は、これまでにかなり積み上げてきた。

だから、同じ「時間」でも、その使い方が違って当然なのだと思う。

これからは、

「この時間は将来何の役に立つんだろう」

とばかり考えるのではなく、

「今、これをやっているのがちょっと面白い」

と思えることにも、時間を使っていきたい。

人生を多少なりとも消化試合だと思っているなら、なおさらだ。

試合終了までの時間を、全部有効活用しなくてもいい。

うにが今日も何か新しいことを覚えている。

私はその横で、知らなかったことを一つ覚える。

それくらいの毎日でも、案外いいのかもしれない。


「普通」を見直してみると、自分がこれまで選ばなかったものの中にも、少しずつ違う意味が見えてくる。

仕事、結婚、住む場所、お金。

そして、家族。

私はこれまで、夫や子どもを持つことを「自分には手に入れられなかった人生」だと、
ごく事実として捉えていた。

ところが先日、親族の葬儀に出て、地震で壊れた祖父の墓を見た。

そのとき初めて、別のことを考えた。

子どもを持たなかった私は、死んだら誰に弔われるんだろう。

そこから、思いがけず、自分の人生の「その先」について考えることになった。


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仕事、暮らし、学び方――40代、これからの人生を自分で選び直していく。


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