「人生を組み替える」シリーズ|#05|40代、自由な時間をどう使うのか
今朝は早くから雨が降っている。
台風の影響だろうか。
窓の外から、途切れることなく雨音が聞こえてくる。
ときどき車が通ると、タイヤが濡れた路面を勢いよく弾く音がする。
その向こうから、電車の走る音も聞こえてくる。
私はというと、朝4時に目が覚めた。
正確には、うにに付き合わされて目が覚めた。
一度うにが起きてしまうと、寝かせてもらえないので、もう眠れない。
まだ外は暗いけれど、せっかくだからブログを書くことにした。
雨音を聞きながら、ぼんやり考えている。
私は45歳。
今年の5月に会社を辞めた。
そして今、これまで暮らしていた場所を離れ、新しい土地で暮らしている。
仕事も、住む場所も、これからの生き方も、少しずつ組み替えている途中だ。
そんな生活をしていると、以前より考えるようになったことがある。
「普通」って、なんなんだろう。
私はずっと、自分を「普通の人」だと思っていた
私はこれまで、自分のことを特別な人間だと思ったことがない。
むしろ、かなり普通だと思っていた。
ものすごく高い収入があるわけでもない。
年収1,000万円を稼いだこともない。
22歳で働き始めてからの平均年収は、ざっくり500万円前後だと思う。
高級車に乗っていたわけでもないし、豪邸に住んでいたわけでもない。
毎年ものすごい贅沢をしてきたわけでもない。
働いて、生活して、旅行して、残ったお金を貯める。
そんな、ごく普通の会社員生活を送ってきたつもりだった。
そして、これまで働いていた環境では、40代、50代の女性でも独身の人はそんなに珍しくなかった。
結婚していても、子どもがいない人もいた。
だから、自分が独身であることについても、特別なことだとはあまり思っていなかった。
「こういう生き方をしている人も普通にいる」
そんな感覚だった。
それが、今いる場所に来て、少しずつ変わっていった。
「普通の収入」だと思っていたものが、普通ではなかった
一番驚いたのは、収入だった。
これまで私は、自分の収入を「それほど高くない」と思っていた。
周りには、自分より収入の高い人もたくさんいた。
だから、むしろ自分は「普通か、場合によっては低いほう」くらいに思っていた。
ところが、環境を変えてみると、その感覚が崩れた。
新しい場所で出会った人たちと話していると、自分がこれまで「普通」だと思っていた収入は、決して低くなかった。
むしろ、200万円、300万円ほど差があることもある。
高卒で働いている若い女性などと比べると、収入が2倍以上になることさえあった。
これは、正直かなりショックだった。
「え、私ってそんなに高いところにいたの?」
自分では、そんなつもりはまったくなかった。
もちろん、だからといって自分が特別に裕福だったという話ではない。
ただ、自分が「普通」だと思っていたものが、別の環境ではまったく違って見える。
そのことに、初めて気づいた。
家族についての「普通」は、むしろ逆だった
ところが、家族のことになると話は逆だった。
これまでの職場では、40代、50代になっても独身の女性が身近にたくさんいた。
結婚していても、子どもがいない人もいた。
だから私は、女性が仕事をしながら一人で暮らしていくことを、ものすごく特別な生き方だとは思っていなかった。
ところが、新しい環境では、夫がいて、子どもがいて、家庭を持っている女性が多い。
こちらでは、むしろそちらのほうが身近に感じられる。
「夫がいて、子どもがいて、家庭がある」
そんな生活が、ごく自然な風景として見えてくる。
不思議なものだと思った。
収入については、
「私が普通だと思っていたものは、普通より高かった」
のに、
家族については、
「私が普通だと思っていた生き方は、ここでは少数派だった」
のである。
同じ私なのに。
ただ暮らす場所を変えただけなのに。
「普通」の位置が、こんなにも変わってしまった。
「45歳の女性なら、配偶者?」
もう一つ、「普通」というものについて考えさせられた出来事があった。
健康診断を受けようと思い、案内に載っていた医療機関に電話したときのことだ。
受付の女性から、配偶者として健康保険に入っている人向けの健診なのか、と確認された。
「いえ、私は国民健康保険です。扶養には入っていません。」
そう答えたのだけれど、なかなか話が噛み合わない。
どうやら相手の中では、
「女性」→「配偶者」→「配偶者向けの健診」
という処理になっていたのかもしれない。
もちろん、単純にその方が制度をよく理解していなかっただけかもしれないし、たまたま受付で行き違いがあっただけかもしれない。
でも、私にはちょっと面白い出来事だった。
45歳の女性なら、結婚していて、夫の扶養に入っている。
そんな前提が、相手の中では「普通」だったのだろうか。
私にとっては、まったく違う。
私は独身で、自分自身の健康保険に加入している。これまでずっと働いてきたし、それを特別なことだと思ったこともなかった。
だからこそ、こういう小さな行き違いに遭遇すると、「ああ、ここでは私のような人は、もしかすると少数派なのかもしれない」と感じる。
ただ、それが地域全体の傾向なのか、その受付の方個人の認識なのかは、私にはわからない。
それでも、こんな小さな出来事ひとつから、自分がこれまで「普通」だと思っていた女性の生き方が、決して唯一の普通ではなかったことに気づかされた。
「普通」は、自分の周りにいる人たちから作られていた
そこで、ふと思った。
私はこれまで、「普通」というものを、どこか絶対的なものだと思っていたのではないか。
でも実際には、そうではなかったのかもしれない。
自分の周りにいる人。
自分が働いている場所。
自分が暮らしている地域。
自分と似たような年齢や学歴、仕事をしている人たち。
そういう人たちを見ながら、
「これくらいが普通」
「こういう生き方が普通」
と、自分の中の基準を作っていただけなのかもしれない。
関東にいた頃の私は、周囲に似たような働き方をしている女性がたくさんいた。
だから、自分を「普通の会社員」だと思っていた。
収入についても、もっと高い人が身近にいたから、自分は特別高収入ではないと思っていた。
独身であることも、周囲に同じような人がいたから、特別なこととは思わなかった。
でも、場所を変えてみたら、その基準が揺らいだ。
普通とは、自分がいる場所によって変わるものなのかもしれない。
そして、お金についても同じことに気づいた
もうひとつ、最近になって考えるようになったのが、お金のことだ。
私は自分の資産についても、これまで特別多いとは思っていなかった。
生活費を抑えて、働いて、残ったお金を貯めて、少しずつ投資してきた。
最初からFIREを目指していたわけでもない。
「お金持ちになりたい」と思っていたわけでもない。
ただ、仕事をしているうちに、
「会社に依存したくない」
「いつでも辞められる状態にしておきたい」
と思うようになった。
そのために、お金を貯めてきた。
そして45歳になった今、振り返ってみると、いつの間にか「会社を辞めても、すぐに生活が立ち行かなくなるわけではない」と思える程度の資産ができていた。
これについても、もしかしたら私は、自分の身近な環境を基準にしていたのかもしれない。
周囲に似たような生活をしている人がいれば、それが普通に見える。
だから、自分がどのくらいの位置にいるのかは、意外と分からない。
45歳、「普通」の外に出てみて思うこと
もちろん、どちらが普通で、どちらが普通ではない、という話ではない。
都会のほうが正しいわけでもない。
地方のほうが正しいわけでもない。
結婚して子どもがいる人生が正しいわけでもないし、独身でいることが特別なわけでもない。
収入が高ければ幸せというわけでもない。
資産が多ければ人生の答えが見つかるわけでもない。
ただ、自分が「普通」だと思っていたものが、場所を変えることで簡単に揺らいだ。
その経験をしてみて、私はおよそ久しぶりに、
「普通って、自分が思っているほど普遍的なものではないのかもしれない」
と思うようになった。
そして、これは少し怖いことでもあり、同時に面白いことでもある。
「普通はこういうもの」
と思い込んでいたものから、一度外に出てみる。
すると、
「本当にそうだったのかな?」
と考える余地が生まれる。
45歳になって会社を辞め、住む場所を変えたことで、私は今までとは違う景色を見ている。
仕事も、暮らしも、人間関係も、お金との付き合い方も。
これまで当たり前だと思っていたものを。
もしかすると、人生を組み替えるというのは、何かを大きく変えることだけではないのかもしれない。
「普通」とは、何なのか。
今の私には、まだよくわからない。
でも、わざわざ答えを出さなくてもいいのかもしれない。
暮らす場所が変われば、周りにいる人が変われば、自分が「普通」だと思っていたものも変わっていく。
だったら、「これが普通」と決めつけず、そのときどきで自分が心地よいと思うものを選んでいけばいい。
45歳。
アラフォーとも言い切れないし、アラフィフと呼ぶにはまだ少し早い。
なんとなく宙ぶらりんな年齢だ。
でも、そんな今だからこそ、これまで「普通」だと思っていたものを、一度手放して眺めてみるのも悪くない。
人生は、最後まで答え合わせをしなくてもいいのかもしれない。
「普通」というものを考えていくと、もう一つ気になることがある。
私はずっと、自分のお金についても「普通」だと思っていた。
でも、45歳で会社を辞めることができたのは、これまで少しずつ積み上げてきたものがあったからだ。
では、私はなぜ、最初からFIREを目指していたわけでもないのに、会社を辞められるところまで来たのだろう。
▶ 40代半ば、FIREを目指していなかった私が会社を辞められた理由|資産形成の軌跡
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仕事、暮らし、学び方――40代、これからの人生を自分で選び直していく。
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