この「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズでは、
職場の中で、人の感情や空気の変化に気づきやすく、
気づかないうちに多くを引き受けてしまう人の体験を扱っています。
一般的には HSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれることもありますが、
本シリーズでは、性質を分類することよりも、
「なぜ、優しい人ほど職場で静かに消耗していくのか」
という構造そのものを見つめていきます。
第一部では、組織の力学や役割が生まれる仕組みを。
第二部では、自分を守りながら働き直していくプロセスを描きます。
読み進める中で、
「我慢するしかなかった自分」から、
「選び直せる自分」へ。
その変化の道筋を、静かに辿っていくための記録です。
世界を変えられなかった理由が、
少しだけ見えてきたとき、
次に残るのは、ひとつの静かな疑問でした。
——では、私はどこまで背負う必要があったのだろう。

どこまで背負う必要があったのだろう
世界を変えられなかったことを、
少しずつ手放し始めたとき、
ふと、別の疑問が残りました。
なぜ私は、あの場所であそこまで消耗してしまったのだろう、と。

背負っていた責任
同じ環境にいても、
平気そうに働いている人がいた。
同じ出来事のはずなのに、
なぜか自分だけが重く受け取ってしまう。
頼まれていないことまで気になり、
誰も背負っていない責任を、
気づけば一人で抱えていた気がします。
頼まれていないのに気づいてしまって責任を感じた瞬間
会議後、一人だけ疲れ切っていた帰り道
誰も気づかない違和感を持ち帰った夜
責任が静かに拡張していく恐ろしさ
これを今でも覚えている。
私が弱かっただけなのか
あのとき私は、
弱かったのでしょうか。
それとも、努力の方向を間違えていたのでしょうか。
——今振り返ると、
問題は能力でも性格でもなく、
もっと静かなところにあったのだと思います。
もしかすると問題は、強さでも優しさでもなく、
「どこまでが自分の責任なのか」という境界線が、最初から曖昧だったことなのかもしれません。

境界線=防御ではなく“識別”
私はずっと、
境界線を引くことは、誰かを拒絶することだと思っていました。
だから、できるだけ受け止めようとした。
分かろうとした。
期待に応えようとした。
けれど今なら分かります。
境界線とは、相手を遠ざけるための線ではなく、
自分が壊れずに関わり続けるための線だったのだと。
境界線がなかったのではなく、
本当はずっと越えられていたのに、
気づかないふりをしていただけだったのかもしれません。
優しさだと思っていた行動が、
実は自分を守る手段を失わせていたことに、
私はあとになって気づきました。

境界線で多くの人が一度つまずく理由
きっと、私たちは、長い間
「我慢する か 全部受け入れる」
しか選択肢がないと思っていた。
でも
境界線を知ったとき、
多くの人が一度、極端に振れます。
今まで我慢してきた分、
「もう傷つきたくない」という気持ちが前に出るからです。
急に距離を置く。
急に断る。
急に関係を切ろうとしてしまう。
けれど、それは失敗ではありません。
境界線を学び始めた人が通る、
とても自然な途中経過です。
本来の境界線は、壁ではありません。
人を遠ざけるものではなく、
関係を長く続けるための調整なのです。
境界線とは、
「もう関わらない」と決める力ではなく、
「どこまでなら安心して関われるか」を知る力でした。

静かな回復
気づけば私は、世界を変えようとしていた場所ではなく、
自分が安心して立てる場所を選び始めていました。
もしかすると回復とは、
何かを取り戻すことではなく、
もう無理をしなくていい場所に気づくことなのかもしれません。
だから
世界は変わらなかったけれど、
私が立つ場所だけは、静かに変わり始めていました。
読み終えたあと、
少し呼吸が楽になっていたなら何よりです。
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