役割が終わったあとに残るもの―温かい記憶は心に―|役割が終わった人間関係⑫

役割の終わり

「役割が終わった人間関係」シリーズ 
「役割が終わった人間関係を、なぜ私たちは切れないのか」第12回
 
このシリーズでは、
「助けてもらった」「恩がある」という理由で、
すでに役割を終えた人間関係を手放せずにいる人の心理を、
感情と構造の両面から言語化しています。


▶ 第13回|理解しすぎたあと、人は戦うのをやめてもいい|静かな終章|
▶ 番外編|このブログは、ひとりで始めたものではなかったのかもしれない

はじめに

ある人から、思いがけず返事が届いた。

ずっと疎遠になっていた人だった。


会えると分かった瞬間、なぜか涙が出た。


うれしさだけではなかった。
申し訳なさも、安心も、懐かしさも、
全部いっしょに込み上げてきて、

自分でも理由をうまく説明できなかった。

ただひとつ分かったのは、

その涙が、苦しさではなく、

とても温かかったことだった。



昔の私は、その人との関係の中で、
うまく境界線を引くことができなかった。

近づきすぎて、頼りすぎて、

結果として距離が途切れてしまった関係だったと思う。


だからもう、二度と交わることはないのだと、

どこかで静かに思い込んでいた。

安心できる人

その人とは、
以前、同じ専門職として働いていた頃に出会った。

一緒に過ごした時間は長くなかったけれど、

仕事のしんどさを言葉にしなくても

分かち合える人だった。

同じ仕事をしていても、

同じ景色を見ていると感じられる相手はそんなに多くない。


どこかでずっと、

心から気の合う人はそう簡単には現れないのではないかと思っていた私にとって、

その人といる時間は、
不思議なくらい安心できるものだった。


育った土地が似ていたこともあったのかもしれない。

どこか懐かしく、少しだけ距離の近い、やわらかな関係だった。


その後、私は新しい環境で働き始めた。

ようやく居場所を得たと思った矢先、
心がついていかなくなった。

連絡をすると、
その人は時間をつくって会いに来てくれた。

ただ来てくれたという事実が、言葉にできないほど嬉しかった。

嬉しさのあまり、お菓子を焼いたことを覚えている。
帰り際に持って帰ってもらった。
小さな出来事まで、なぜか記憶に残っている。

一緒に働いた期間は短かったのに、
人生の節目ごとに、その人は静かに存在していた。

進む道を変えたときも、
新しい場所で働き始めたときも、
迷いながら進む私を否定せず見守ってくれていた。

けれど同じ頃、私たちはそれぞれに余裕を失っていた。

私は仕事の中で追い詰められ、
社会全体が落ち着かない時期でもあり、

気づかないうちに、

支えを求める気持ちが強くなっていたのだと思う。


その人にも、きっと守るものや抱えているものがあったはずなのに。


それでも私は、距離をうまく保てなかった。

やがて関係は、責めるでもなく、自然に途切れていった。

それから長いあいだ、
元気にしているだろうかと、ときどき思い出していた。

だから今回、返事が届いたとき、

胸の奥で何かが静かにほどけた気がした。

心の中の置き場所の変化

会えると分かったあの日、
涙は出たけれど、

もう何かを取り戻したいとは思わなかった。


ただ、あの時間が確かに存在していたことを、
静かに受け取れた気がした。

もしかすると、役割が終わるというのは、
関係が消えることではなく、
心の中で置き場所が変わることなのかもしれない。



思い返してみると、

私はその人に何かをしてもらった出来事よりも、

一緒にいたときの安心感そのものを覚えている。


出来事は遠ざかっていくのに、


感覚だけが、時間を越えて残っていることがある。


あの関係に戻りたいわけではなかった。

ただ、あの時間が確かにあったと、もう痛みなく思い出せた。

関係が変わったというより、

私のほうが、関係の見方を変えられる場所まで来たのかもしれない。

役割が終わるとは、関係が消えることではなかった。

役割が終わるとは、きっと、忘れることではなく——

大切だったまま、手放せるようになることなのだと思う。


温かい記憶が残るとき、
関係は終わっても、
何かが確かに続いていると感じることがあります。

その感覚を持ったまま、
これからをどう生きていくのか。

それは、関係の問題というより、
自分自身の選択に近いのかもしれません。

次は、
このシリーズの終章として、
“理解しすぎたあと”に訪れる問いについて、
静かに触れてみます。


▶ 次に読む

「優しすぎて、もう疲れてしまった人へ」
 優しすぎる人は、なぜこんなに生きづらいのか
ごまかして生きられないことはなぜこんなに苦しいのか


▶ この苦しさの“正体”を知る

「それはあなたの問題ではないかもしれません」
 なぜ組織は“見ないふり”をするのか
組織が変わらないのには理由がある


▶ もう限界かもしれない人へ

「無理に頑張り続けなくてもいいという話」
→ 静かに降りるという選択
変わらなかった世界と、変わった私


 [「役割が終わった人間関係」シリーズ全話一覧はこちら]
      


     

      

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