移住の選択と思考シリーズ 第2回
思い通りにいかなかった移住先探し
数日前、移住のための家を探しに地方へ飛んだ。頭の中では、もう少し具体的に「ここだ」と思える場所に出会える気がしていたけれど、現実はそう簡単ではなかった。決め手に欠けるまま時間だけが過ぎ、少しの疲労と迷いを抱えて、私はまた飛行機に乗って都会へ戻ってきた。
帰宅前に感じていた小さな恐怖
今回の帰宅には、ひとつの緊張があった。同居していた彼が、すべての荷物を運び出す予定日の翌日だったからだ。
部屋に入った瞬間、自分が何を感じるのか。がらんとした空間に、置いていかれたような感覚に襲われるのではないか。そんな不安が、静かに心の中にあった。
そこにあったのは「喪失」ではなく「整った空間」
しかし、ドアを開けた瞬間に目に入ってきたのは、想像していた光景とはまったく違っていた。
不要なものがなくなり、視界が開けた部屋。空気が軽く、静かに整っている空間だった。
その瞬間、私は気づいた。ああ、こんなにも私は何かに圧迫されていたのだと。
荷物に投影していた違和感の正体
彼の荷物は、単なる「物」ではなかった。
使わないものが置かれ続けることで、自分の空間なのに、どこか“仮置きの場所”のように感じてしまうことがあった。
それは言葉にしきれないモヤモヤした感覚として、心の奥に残っていた。
その違和感が、すべて消えた。
7年間の関係を「過去」にできた瞬間
空間が整うと、心も整っていく。
7年間、誠実に向き合ってきた時間は、ときに無駄だったと思いたくなることもあったが、あの時間をどう意味づけるかは、これからの自分次第だと思えた。
だから、あの時間があったからこそ得られたものも確かにある。
人との関係には、自分の想像とは違う形があるのだと知った。
そんな現実も含めて、それは自分の学びになった。
だから今は、そのすべてを過去として置いていける。
同じ日の夜にあった、もうひとつの出来事
その日の夜、仕事でお世話になった方々と食事に出かけた。
気取らない雰囲気の中で、出身地や家族の話、これまでの仕事の裏側など、これまであまり語られてこなかった話題が自然と交わされた。
一次会のあと、「もう少しだけ行きますか」と、近くの立ち飲み屋へ流れた。
いわゆるせんべろの店で、肩が触れ合うくらいの距離感の中、グラスを片手にまた話が続く。さっきまでよりもさらに力が抜けて、笑い声も少し大きくなる。
仕事の延長ではない、ただの人としての会話。そんな時間が心地よかった。
気づけば、「あの時、大変だったけど楽しかったですよね」という言葉が、何度も自然に出ていた。
「大変だったけど楽しかった」と言える関係
「あの時、本当に大変でしたよね」
「でも、楽しかったですよね」
そんな言葉を交わしながら、同じ時間を共有していたことを確かめ合った。
自分が必死にやってきたことが、ちゃんと伝わっていたこと。
「あなたとの仕事は楽しかった」と言ってもらえたこと。
そして「あなたが作った土台を必ず成功させる」と言ってもらえたこと。
そのすべてが、静かに胸に残った。
もうそこにはいないという距離感
同時に、そこに自分はもういないのだという距離も感じた。
少しだけ寂しい。でも、それはあの場所で全力を尽くした証でもあるのだと思う。
手放した先に生まれる「余白」
帰り道、私は思った。
何かを手放すことは、単なる終わりではない。
それは、新しい余白をつくることなのかもしれない。
その余白に、これから何を置いていくのか。
どんな場所で、どんな人と、どんな時間を過ごしていくのか。
まだはっきりとは見えていない。
それでも、あの日の静かな部屋と、あの夜の温かい時間が、確かな手応えとして残っている。
移住先を探しているとき、もうひとつ気づいたことがあった。
私は「どこで生きるか」だけじゃなくて、
「どれだけあれば安心できるのか」も、ずっと決められずにいた。
いくらあれば、仕事を辞めてもいいんだろう。
その問いに、私はずっと答えを出せなかった。
次回は、その話を書きます。
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環境を変えたいのか、それとも人生を変えたいのか。
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