※本文中の地域名・人物名は、プライバシー保護のため一部変更しています。

大学生の頃、私はよく友人に、母のことで悩みを相談していた。
今思えば、かなり重たい内容だったと思う。
ある友人には、はっきりこう言われた。
「正直、うざい」
それを聞いたとき、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
別の友人も、私の話を聞いたあとで、ぽつりとこう言った。
「それも…正直きついんですけど」
さらに別の友人からは、
「ノアに助言すると、あとで
『だってあなたがそう言ってたからそうしたのに』って言われるから、怖くて相談にのれない」
と言われたこともある。
そのとき、私はぼんやりと思った。
「もしかして、うちって普通じゃないのかもしれない」
でも、深く考えることはしなかった。
傷ついた気持ちにフタをして、
「じゃあ、別の人に相談しよう」
と、相手を変えることでやり過ごしていた。

「私が重いから、人は離れるんだ」
相談する相手を変えても、結果は同じだった。
だんだん連絡が減る。
距離を置かれる。
自然と疎遠になる。
そのたびに、私は思った。
「やっぱり私が重いんだ」
「私が面倒な人間なんだ」
そうやって、自分を責めるようになっていった。
今ならわかる。
あの頃の私は、“重かった”のではない。
抱えている背景が、あまりにも重かったのだ。
家庭の中で起きていること。
親との関係。
言葉にしづらい違和感。
それは、普通の環境で育った人には、簡単には受け止められない話だった。
だから、人は距離を取った。
でも当時の私は、そんなふうには考えられなかった。
「全部、私のせい」
そう思い込むことで、必死に生き延びていた。

南アメリカで出会った人
転機になったのは、南アメリカに行ったときだった。
南アメリカの小さな町で、私は人生を変えてくれた人に出会った。
そこで出会った、日本人女性・あかりさんに、とてもお世話になった。
あるとき、彼女は私にこう言った。
「ノアってさ、ずっと過去のつらかったことを、手の中でぎゅーって握りしめて生きてるよね」
その言葉を聞いたとき、はっとした。
私は、嫌だったことも、悲しかったことも、怒りも、不安も、全部手放せずに抱えて生きていた。
忘れたふりをしながら、実は一度も離していなかった。

優しさと厳しさの両方を併せ持つ人
あかりさんは、とても懐の深い人だった。
よく話を聞いてくれたし、受け止めてくれた。
でも、甘やかす人ではなかった。
私が無意識に距離を詰めすぎたり、相手の境界線を越えたりすると、
突然、連絡を絶つこともあった。
かなりきつく注意されることもあった。
私は、そのたびに泣いた。
「どうしてこんなに冷たいんだろう」
「嫌われたんだ」
そう思って、何度も落ち込んだ。
でも今ならわかる。
あれは、拒絶ではなかった。
「ここから先は入らないでいい」
「あなたはあなたの場所に戻っていい」
という、健全な境界線だった。
私は、それまで一度も、そんな関わり方を教わったことがなかった。

無意識に家族を背負っていた私
あかりさんは、ある日、こんなことを言った。
「もしかしてさ、弟のために徳を積もうと思って、ここに来てない?」
胸を突かれた。
私はずっと、どこかで信じていた。
「私が良い人でいれば」
「私が頑張れば」
「私が徳を積めば」
家族はよくなる。
弟も救われる。
そんなふうに。
無意識のうちに、私は“家族の救世主役”を背負って生きていた。
それが、どれだけ自分を縛っていたのか、当時は気づいていなかった。

見抜かれていた私の本質
あかりさんは、私の弱さだけでなく、強さも見抜いていた。
・誠実であること
・言葉を丁寧に選ぶこと
・いい加減なことを言わないこと
そういう部分を、ちゃんと見てくれていた。
だから、厳しかったのだと思う。
だから、育ててくれたのだと思う。
当時の私は、もう32歳だった。
でも、心の中は、まだ幼い迷子のままだった。

私は「重い人」だったわけじゃない
今なら、はっきり言える。
私は、重い人間だったわけじゃない。
ただ、
✔ 誰にも頼れなかった
✔ 家族を背負いすぎていた
✔ 境界線を知らなかった
✔ 助け方も、助けられ方も知らなかった
それだけだった。
必死に生きていただけだった。
境界線がくれた自由
あかりさんとの出会いが、私の人生を一気に変えたわけではない。
でも、確実に方向を変えてくれた。
人を大切にすることと、
自分を犠牲にすることは違う。
支えることと、背負うことは違う。
その違いを、私はようやく学び始めた。

最後に
最後に
もし、この記事を読んでいるあなたが、
・相談すると人が離れていく
・自分は重い人間なんじゃないかと思っている
・家族の問題を一人で抱えてきた
そんな経験をしているなら、伝えたい。
あなたが悪いわけじゃない。
あなたは、これまで必死に生きてきただけだ。
境界線を学ぶことは、何歳からでも遅くない。
私がそうだったように。
この文章が、
「私だけじゃなかった」
そう思えるきっかけになったなら、
これ以上うれしいことはありません。
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございました。
この記録を続ける力になります。
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