「産業保健のリアル」さんぽの裏側シリーズ 第1回
産業保健の現場では、
表には出てこない「ズレ」や「違和感」が、静かに積み重なっている。
優しさが機能しない瞬間。
善意がこじれを生む構造。
誰かの正しさが、別の誰かを追い詰めてしまう現実。
このシリーズでは、
保健師として現場に立つ中で見えてきた、
“きれいごとでは回らない仕事の裏側”を、構造として言語化していく。
個人の問題に見える出来事も、
少し引いてみると、組織や役割の歪みとして見えてくる。
これは、誰かを批判するための記録ではなく、
現場で起きていることを、正確に理解するための記録です。

はじめに
講義でも研修でもなく、
ただの「現場の出来事」として、
今でもはっきり覚えている出来事がある。
あるケースで、復職直後の働き方について調整が必要になっていた。
管理側はこう考えていた。
「まずは一定期間、出社できる状態を確認したい」
安全配慮として、ごく自然な判断だと思う。
一方で本人は、体力に不安がある。
周囲には在宅勤務もいる。
できれば柔軟な働き方も取り入れたい。
ここまでは、よくある構図だ。
問題は、そのあとに起きた。
本人が、組織と連携している支援窓口に相談したとき、
話はこういう方向に進んでいた。
「体力的に厳しいなら、働き方について組織に伝えた方がいい」
さらに、医療側にも相談したところ、
「支援窓口を通じて、職場と調整してもらうのがいい」
という話になったという。
そして最終的に、
その調整の窓口がすべて、こちらに集まってきた。
──正直、嫌な予感しかしなかった。
こうした“現場の違和感”は、実は珍しいものではない。
優しい人ほどなぜかうまくいかない構造については、こちらでも整理しています。
優しいだけでは、現場は動かない
その支援窓口は、
人当たりがよくて、否定もせず、穏やかな関わり方をしていた。
いわゆる「話は聞いてくれる存在」。
けれど、
その“関わり方”が、そのまま現場で機能するかというと、
話は別になる。
今回のケースで起きたことはシンプルだ。
- 本人の希望をそのまま後押しした
- 組織側の意図を考慮しなかった
- 調整の難しさを見落とした
結果として、
現場に“ねじれ”だけが残った。

臨床と産業保健は、似ているようでまったく違う
支援の場では、
本人の気持ちに寄り添うことが最優先になる。
それ自体は間違っていない。
ただ、産業保健の現場では、
それだけでは成立しない。
- 本人の体調
- 管理側のマネジメント
- 業務上の安全配慮
- 組織としての整合性
これらを同時に成立させる必要がある。
つまり、
「個人」だけではなく、
“組織全体のバランス”を見る仕事になる。
この視点が抜けたまま助言をすると、
どうなるか。
今回のように、
善意がそのまま現場の混乱になる。
こうしたズレは個人の問題というより、組織という構造の中で起きています。
「組織そのものの動き」については、こちらのシリーズで詳しく書いています。
善意でこじれる構造
今回の助言も、悪意があったわけではない。
むしろ逆で、
本人の負担を減らしたいという意図だったはずだ。
ただ、その一言によって、
- 管理側の方針とズレる
- 本人の期待値が上がる
- 医療側まで巻き込まれる
結果として、
調整コストが一気に跳ね上がる。
そしてその“しわ寄せ”は、
現場の調整役に集まる。
今回で言えば、こちらだった。

なぜ同じことが繰り返されるのか
この手の問題は、一度きりでは終わらない。
何度も起きる。
理由はシンプルで、
- フィードバックが行動に反映されない
- 自分の関わり方に疑問を持たない
- 「いいことを言っている」という感覚がある
つまり、
経験が積み上がらない。
年数や資格とは、あまり関係がない。
現場では、
「何年やっているか」よりも
**「何を修正してきたか」**の方がはるかに重要になる。
本当に機能する専門職の条件
では、現場で機能する人は何が違うのか。
特別なスキルというより、
バランスの問題だと思う。
- 共感できること
- でも、線引きができること
- 本人の気持ちを理解しながら
- 組織の現実も踏まえられること
言い換えると、
「安心させる力」と「現実を動かす力」を両方持っている人。
どちらか一方だけでは、足りない。
まとめ
「話は聞いてくれる人」は、
確かに必要な存在だと思う。
けれど、
それだけでは問題は解決しない。
現場では、
誰かが最終的に調整し、
現実を動かさなければいけないからだ。
優しさは大切だ。
でもそれが、
現実を見ない優しさになったとき、
むしろ現場を難しくすることがある。
これは、
あまり表には出てこないけれど、
産業保健の現場で実際に起きている“リアル”の一つだと思う。
問題は、人ではなく、
役割同士が噛み合わなくなるときに起きる。
なぜ、同じ人に負担が集中してしまうのか?
次回は、現場で見えにくい『消耗のルール』を解き明かします。
▶ 次に読む
「優しすぎて、もう疲れてしまった人へ」
→ 優しすぎる人は、なぜこんなに生きづらいのか
→ごまかして生きられないことはなぜこんなに苦しいのか
▶ この苦しさの“正体”を知る
「それはあなたの問題ではないかもしれません」
→ なぜ組織は“見ないふり”をするのか
→組織が変わらないのには理由がある
▶ もう限界かもしれない人へ
「無理に頑張り続けなくてもいいという話」
→ 静かに降りるという選択
→変わらなかった世界と、変わった私
現場で起きているこうしたズレや違和感は、他にもいくつかのパターンがあります。
関連するテーマとして、こちらのシリーズもあわせて読まれています。
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