前回の記事では、 ボロブドゥール寺院 に向かう途中で体験した “観光地ドライバーとの妙な心理戦”について書きました。
でも実際に遺跡へ入ってから、旅の空気は一変しました。
そこで出会った現地ガイドさんが、本当に素晴らしかったんです。
灼熱。英語。情報量。脳が追いつかない
当日のボロブドゥールは、本当に暑かった。
遮るものがほとんどなく、
石畳の照り返しも強烈。
しかもガイドさんの説明は、英語です。
私は英語をある程度ならば聞けるものの、
内容がかなり専門的で、
- 仏教史
- 修復技術
- 火山
- 植民地時代
- テロ事件
みたいな話が次々飛んでくる。
途中から完全に脳がオーバーヒートしていました。

でも、母のために日本語を混ぜてくれた
母は日本語しか分かりません。
するとガイドさんは、それに気づいた瞬間から、
「サトリ」
「キンシンソウカン」
「サル」
みたいに、重要な単語だけ日本語で伝えようとしてくれたんです。
その姿が、すごく印象に残りました。
全部理解できなくても、
「これは大事な話なんだ」
という熱量だけは伝わってくる。
旅って、言葉が完璧じゃなくても成立するんだなと思いました。

帰国後、AIと一緒に“答え合わせ”を始めた
ボロブドゥールは「人間の世界」から始まる
帰国後に調べていて気づいたのですが、
ボロブドゥールは単なる巨大な石造建築ではありませんでした。
下から上へ進むにつれ、
- 人間の欲望
- 執着
- カルマ
- 修行
- 静寂
- 悟り
へと世界観そのものが変化していく構造になっています。
つまりあれは、
「人間が悟りへ向かう道のり」
を石で表現した巨大な物語だったんです。
そのことを知ってから、現地で見たものの意味が少しずつ変わり始めました。
日本に戻ってから、
私は旅行中に脳内メモしていたキーワードをAIに投げ込み始めました。
すると、
現地では断片的だった話が、
一本の歴史として繋がり始めたんです。
最下層に刻まれた、人間の欲望
ガイドさんが熱心に説明していた
「キンシンソウカン」
「サル」
という単語。
最初は何のことか分かりませんでした。
後から調べると、
あれはボロブドゥール最下層にある
カルマヴィバンガ(因果応報のレリーフ)
の説明だったようです。
そこには、
- 欲望
- 暴力
- 不倫
- 嘘
- 誹謗中傷
- 搾取
など、
人間の業(カルマ)が生々しく描かれています。
私は世界遺産でこんな話を聞くとは思っていませんでした。
でも今思えば、
ここが悟りへの旅の出発地点だったのかもしれません。
テトリスみたいな石組み
最初に気になったのは、
石の積み方でした。
ボロブドゥールの石って、
まるで巨大な立体パズルみたいに噛み合っている。
ただ積んでるだけじゃない。
実はこれ、
1970〜80年代に行われた大修復の痕跡なんだそうです。
しかも当時は、IBMのコンピューターまで使って、
何十万個もの石の配置を管理していたらしい。
1200年前の石造建築と、
20世紀のコンピューター技術が同居している。
それが妙に面白かった。

石に開いた“四角い穴”
遺跡の石には、
不自然な四角い穴がたくさんありました。
最初は、
「なんでこんな穴が?」
と思っていたんですが、
これは地震対策のための接合技術だったらしい。
接着剤ではなく、
石同士を噛み合わせて固定する構造。
インドネシアは地震大国です。
1200年前の人たちが、
ちゃんと“揺れる土地”を前提に建築していた。
その事実にちょっと感動しました。

「1985」と、爆発しなかった2体の仏像
ガイドさんが何度も言っていた数字。
1985。
帰国後に調べて、
それが爆弾テロの年だったと知りました。
1985年、ボロブドゥールでは爆破事件が起き、
複数のストゥーパが破壊されました。
でも、
その時仕掛けられていた爆弾の一部が、
なぜか不発だったらしい。
しかも、
その場所が仏像内部だった。
現地では、
「仏像が遺跡を守った」
という語られ方もされているそうです。
もちろん歴史的には偶然です。
でも、
あの巨大な石の空間で聞くと、
不思議と“ただの偶然”にも感じなくなる。
入場制限「150人」
今回驚いたのが、
入場管理の厳しさでした。
現在のボロブドゥールは、
時間ごとに人数制限があります。
しかも専用サンダル着用。

理由はシンプルで、
硬いソールの靴で石が削れてしまうから。
つまり今のボロブドゥールは、
「観光地」
というより、
「必死に守られている遺跡」
なんですよね。
世界遺産って、
完成したものを眺める場所じゃなくて、
“維持し続ける戦い”
なんだなと思いました。
首のない仏像
そして衝撃だったのが、
大量の“首なし仏像”でした。
近くで見ると、
本当にたくさんあるんです。
首から上だけが、ない。
最初は、
「壊れたのかな」
くらいに思っていました。
でも実際は、
植民地時代の略奪の歴史が背景にありました。
オランダ統治時代、
仏頭は海外へ大量に持ち出されました。
タイ王室への贈与。
ヨーロッパのコレクター。
アムステルダムにある博物館収蔵。
そして現在は、
その返還が少しずつ始まっている。
つまり、
ボロブドゥールの仏像たちは今もなお、
“歴史の途中”にいるんです。
上の段ほど、石が溶けて見えた理由
遺跡の最上部へ行った時、
私はあることに気づきました。
上へ行くほど、
石の輪郭がぼやけている。
まるで溶けているみたいだった。
その理由は、
近くにある活火山メラピ山にありました。
火山灰を含んだ雨風が、
長い年月をかけて石を侵食していたんです。
逆に、
下層部のレリーフが綺麗に残っている場所もある。
そこは長い間、
土や火山灰の中に埋もれていたからでした。
皮肉なことに、
埋もれていたからこそ守られた。
つまり私は、
1200年前の人間の欲望を描いたレリーフを、
かなり良い保存状態で見ていたことになります。
守るものと、
削るもの。
どちらも同じ自然なのが面白かった。
上へ行くほど、静かになっていく
そしてもう一つ、
後から気づいたことがあります。
ボロブドゥールは、
上へ行くほど空気が変わるんです。
下層では、
人間の欲望やカルマが描かれている。
中層には仏教説話。
そして上層へ行くと、
彫刻は減り、
空間が広がり、
不思議なくらい静かになる。
最後には、
巨大なストゥーパと空だけが残る。
現地では
「なんだか雰囲気が変わったな」
くらいにしか思っていませんでした。
でも帰国後に構造を知って、
あれは
「人間が欲望から離れていく過程」
を体験するための空間だったのだと気づきました。
「理解できなかった旅」が、あとから完成していく
今回の旅で面白かったのは、
現地では“分からなかった”
ということでした。
暑さ。
英語。
情報量。
その場では処理できなかった。
でも帰国後、
断片的な単語を調べ直していくうちに、
旅があとから立ち上がってきた。
これって、
今の時代ならではの旅の形かもしれません。
現地ですべて理解できなくても、
持ち帰った違和感やキーワードから、
あとで世界が繋がっていく。
私にとってボロブドゥールは、
「帰国してからもう一度旅が始まる場所」
でした。
(続く)
「悪口を言うと猿になる──カルマのレリーフと人間の欲望」
旅のあと、私の記憶に最後まで残ったのは、美しいストゥーパでも絶景でもありませんでした。
それは、
「人間はこういうことをする」
という、妙に生々しいレリーフの数々でした。
そして、
「悪口を言うと猿になる」
と何度も繰り返していたガイドさんの声。
なぜ私は、悟りよりも先に、人間のドロドロした部分に惹かれたのだろう。
次回は、ボロブドゥール最下層に隠されたカルマのレリーフと、そこで感じたことを書いてみたいと思います。
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