最近、ふとした瞬間に涙が出る。
最初は、ある人にしばらく会えなくなる寂しさだと思っていた。
でも考えてみると、それだけではなかった。
私は45歳にして初めて、「支えなくても成立する関係」というものを体験したのかもしれない。
これは恋愛の話というより、人間関係の中でずっと背負い続けてきたものに気づいた話である。
最近、なぜか涙が出る
最近、ふとした瞬間に涙が出る。
朝起きた時。
洗い物をしている時。
一人で散歩している時。
最初は、ある人にしばらく会えなくなる寂しさなのだと思っていた。
でも、どうもそれだけではないらしい。
なぜこんなに心が揺れるのだろう。
考えているうちに、私は一つのことに気づいた。
それは、その人との時間そのものではなく、その時間の中で私が感じていたものの正体だった。
寂しさだけでは説明できなかった
その人と過ごした時間に、特別な出来事があったわけではない。
どこかへ旅行したわけでもない。
大きな約束をしたわけでもない。
ただ、一緒にご飯を食べて、話をして、同じ空間で過ごした。
それだけだった。
けれど、その時間は不思議なくらい穏やかだった。
私はその時、
「一緒にいると落ち着く」
と感じていた。
今振り返ると、その感覚こそが珍しかったのだと思う。
私はずっと「支える側」だった
考えてみれば、私は昔から誰かを支える側に回ることが多かった。
家族の中でもそうだった。
仕事でもそうだった。
人間関係でもそうだった。
誰かが困っていれば助ける。
何とかしようとする。
問題があれば解決策を考える。
それ自体は悪いことではない。
むしろ私は、人の役に立つことが好きな方だと思う。
けれど、その積み重ねの中で、いつの間にか「支えること」が私の役割になっていた。
親切と責任代行は違う
最近になって、私は一つの違いに気づいた。
それは「親切」と「責任代行」の違いだ。
親切とは、相手が自分でできることを少し手伝うことだと思う。
一方で責任代行とは、本来相手が負うべき責任を代わりに引き受けることだ。
私は長い間、この二つを混同していた。
少し助けるつもりだった。
少し手伝うだけのつもりだった。
でも気づくと、その人の問題解決係になっていることが少なくなかった。
その結果、私は疲れ果てていた。
人と親しくなることは責任を背負うことだと思っていた
振り返ると、私はどこかで思い込んでいた。
人と親しくなるということは、相手の問題も引き受けることなのだと。
相手の不安を和らげること。
相手の困りごとを解決すること。
相手が前に進めるよう支えること。
そんな役割を果たして初めて、人との関係は続くものだと思っていたのかもしれない。
だから、人との距離が近くなるほど私は忙しくなった。
そして疲れていった。
支えなくても成立する関係があった
ところが、その人との時間にはそれがなかった。
お互いに自分の生活があった。
自分の予定があった。
自分で決めることがあった。
相手の人生は相手のものだった。
私は何かを与えることはあっても、背負ってはいなかった。
そして相手も、私に何かを背負わせようとはしなかった。
会いたいと思う。
一緒に過ごしたいと思う。
でも、お互いの人生はお互いのもの。
その感覚がとても自然だった。
私はそんな関係を、これまであまり知らなかったのだと思う。
私は人を支えるのが好きなのではなかった
さらに気づいたことがある。
私はずっと、人を支えることが好きなのだと思っていた。
でも、本当は少し違った。
私が好きなのは、人が喜ぶことをすることだった。
誰かにご飯を作ること。
困っている時に手を貸すこと。
相手が笑顔になること。
そういうことは今でも好きだ。
でも、それは相手の人生を背負うこととは違う。
私は人の責任を引き受けたいわけではなかった。
ただ、自分の意思で親切にしたかっただけなのだ。
安心とは何かを初めて知った
あの穏やかな時間が心に残っている理由が、少し分かった気がする。
私はそこで初めて、
「支えなくても成立する関係」
を体験したのだと思う。
問題解決係でなくてもいい。
調整役でなくてもいい。
保護者でなくてもいい。
誰かの感情を管理しなくてもいい。
ただ一緒にいてもいい。
ただ話してもいい。
ただ笑ってもいい。
そんな関係が存在することを、私は人生の後半になってようやく知った。
だから涙が出るのかもしれない。
誰かを失ったからではない。
本当はずっと求めていたものを見つけてしまったからだ。
安心とは、相手を支え続けなくても関係が続くことなのかもしれない。
そして私は今、その感覚を少しずつ学び始めている。
English Version
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Versión en Español
実は、この「境界線」という考え方に初めて触れたのは、今回の出来事ではなかった。
数年前、南米を旅していた時に出会った、あかりさんという日本人女性がいた。
当時の私は、「人を助けること」と「人の責任を背負うこと」の違いがよく分かっていなかった。
そんな私に、あかりさんは境界線という考え方を教えてくれた。
その時は頭では理解したつもりだった。
けれど今振り返ると、本当の意味ではまだ分かっていなかったのだと思う。
今回、支えなくても成立する関係を経験したことで、私はようやくあの時の言葉の意味を実感として理解できた気がしている。
▼あかりさんに境界線について教わった時の話はこちら
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