バリ・サヌールのホテルのプールで泳いでいた。
すると、一人の欧州人らしき高齢男性がプールに入ってきた。
その瞬間、私は思わず驚いた。
塩素の匂いより先に、その人の体臭がわかったからだ。
しかも水の中にいる。
「え?水に入っているのに、なぜこんなに臭うの?」
そんなことを考えながら、ふと別の疑問が浮かんだ。
もしかして私は、日本人だからここまで強く反応しているのだろうか。
日本は「無臭」が理想の社会
海外を旅していると気づくことがある。
日本人はとにかく匂いに敏感だ。
体臭だけではない。
香水もそうだ。
柔軟剤もそうだ。
タバコもそうだ。
日本では「良い匂い」よりも、「匂いがしないこと」または「ほのかにいい匂いがすること」
のほうが評価される場面が多い。
電車の中。
職場。
会議室。
エレベーター。
私たちは無意識のうちに、
「他人に匂いで迷惑をかけてはいけない」
という価値観を共有している。
体臭はマナー違反なのか
もちろん、世界中どこでも極端な体臭は歓迎されない。
しかし、その基準は国によって違う。
欧州では毎日湯船に入る文化は一般的ではない。
また、多少の体臭を自然なものとして受け入れる人もいる。
一方、日本では毎日の入浴や洗濯が当たり前であり、清潔さは個人の習慣というより社会的な規範に近い。
だから日本人は、
「臭う人がいる」
こと自体より、
「なぜ対策しないのか」
に強い違和感を覚えやすい。
私が感じた不快感の正体
では、あの日のプールで感じた不快感は、単なる文化差だったのだろうか。
たぶん違う。
実際にかなり強い臭いだったと思う。
ただ同時に、日本で育った私は、
「匂いは消すべきもの」
という価値観も持っている。
つまり、
相手が本当に臭かったこと。
そして私が無臭文化の中で育ったこと。
その両方が重なっていた。
どちらか一方では説明できない。
旅は、自分の常識を見る作業でもある
旅をしていると、
相手の文化だけでなく、
自分の文化も見えてくる。
値段交渉に疲れたとき。
騒音に疲れたとき。
衛生感覚の違いに驚いたとき。
私たちは初めて、
「自分の当たり前」
に気づく。
バリのプールで感じた強烈な体臭は、単なる不快な出来事だった。
でも同時に、
私が日本という「無臭を美徳とする社会」の中で生きてきたことを改めて教えてくれた出来事でもあった。
旅先で見えるのは、異文化だけではない。
自分自身の文化なのだ。
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