地方移住前日、私はトイレを噴水にした|移住⑨

移住の選択と思考

移住の選択と思考シリーズ 第9回


新しい人生へ向かう前日、私はトイレを噴水にした

引っ越し前日は忙しい。

荷造り、住所変更、電気やガスの確認。

そして、賃貸で暮らしていた私は、ウォシュレットを外して元の便座に戻すという最後のミッションが残っていた。

説明書を見ながら作業を始めた。

「まずは止水栓を閉めて……」

たぶん閉まった。

そう思った。

いや、思い込んでいた。


人間の親指は水圧には勝てない

次の瞬間だった。

ウォシュレットのホースを外した途端、

勢いよく水が噴き出した。

本当に噴水だった。

トイレの中で突然、水道管が決壊したかのような勢いで水が飛び散る。

床はみるみる水浸し。

私は反射的にホースの先を親指で押さえた。

なぜか。

わからない。

たぶん人類共通の本能だと思う。

「穴から水が出ている。まず指で塞げ」

というやつだ。

しかし、水圧に対して人間の親指はあまりにも無力だった。

右手はプルプル震え始める。

服も濡れる。

髪も濡れる。

トイレも濡れる。

私はパニックになりながら玄関の外へ飛び出した。

水道の元栓を閉めなければならない。

しかし、どれが元栓なのかわからない。

その間も水は出続けている。

ようやく検索して止め方を調べ、何とか水は止まった。

床を拭き終わった頃にはぐったりだった。


引っ越し最後の日に起きた想定外

しかも、その時ふと思い出した。

火災保険はすでに新居で契約しなおしていた。

「もし階下漏水になったら終わったかもしれない」

そう思った。

しかし、本当の試練はここからだった。

今度は便座を戻したあと、タンクの接続部分からポタポタと水漏れが始まった。

三秒に一滴。

ポタ。

ポタ。

ポタ。

止まらない。

原因がわからない。

そこで私は、昔この部屋で暮らしていた相手に連絡した。


私はパッキンという文明の奇跡を知った

そして判明した。

原因はパッキンだった。

パッキンの向き。

パッキンの挟み方。

たったそれだけだった。

正しく取り付けると、水漏れは嘘のように止まった。

文明社会はパッキンで支えられている。

そう深く学んだ。


朝6時半、今度は浄水器との戦いが始まった

翌朝。

引っ越し当日。

私はもう一つ重大なことを思い出した。

蛇口に浄水器がついたままだった。

しかも外れない。

朝6時半。

私は再び、昔この部屋で暮らしていた相手にLINEを送りまくった。

浄水器のジョイント部分が固着していて取れないのである。

結局、引っ越し業者さんに助けてもらった。


引っ越しには、なぜか消える部品がある

しかし今度は蛇口の先端部品が見当たらない。

どこにもない。

段ボールに入れた記憶すらない。

人生には時々、忽然と消える部品がある。


一番怖かった床の傷は、まさかの無罪だった

そして迎えた退去立会い。

私は覚悟していた。

畳のスレ。

フローリングのスレ。

そして昔、この部屋で暮らしていた相手と別れた直後に発狂してマッサージロールを投げてついた床の傷。

絶対に言われると思っていた。

しかし。

結果は違った。

指摘されたのは、

お風呂の床とドアの清掃。

浴室換気扇。

キッチンシンク。

合計数千円程度。

あれほど心配していた床の傷は無罪放免だった。


この部屋には、恋愛も涙も全部残っていた

振り返ると、この部屋にはいろいろな思い出があった。

恋愛が終わった日もあった。

泣いた日もあった。

笑った日もあった。

そして最後の日には、トイレを噴水にした。


最後の日まで、私らしい事件が起きた

なんとも私らしい終わり方だったと思う。

会社を辞めることも、住む場所を変えることも、ずいぶん前から考えていた。

でも最後に強く記憶に残ったのは、壮大な決意ではなく、トイレから噴き出した水と、行方不明になった蛇口の部品だった。

人生とは案外、そういうものなのかもしれない。


そして本当の移住が始まる

こうして私は、トイレを噴水にし、浄水器と格闘し、退去立会いを終えて、ようやく地方移住への切符を手に入れた。

けれど、本当の移住はここからだった。


あの日の私は、引っ越し前日にトイレから噴水を発生させていた。

荷造りに追われながら、水浸しの床を拭き、パッキンの偉大さを学んだ。

客観的に見れば、なかなかひどい引っ越し前日だったと思う。

でも不思議なことに、後悔はなかった。

むしろ私は、自分でも驚くほど楽しんでいた。

新しい土地へ移ること。

小さな部屋で暮らし始めること。

知らないことをまた一つ学ぶこと。

考えてみれば、私は昔からそうだった。

安定や所有よりも、なぜか「まだ見たことのないもの」に惹かれてきた。

そして最近になって、ようやく気づいた。

私が本当に欲しかったのは、大きな家でも高い収入でもなかったのかもしれない。

もしかすると、あの日金髪にしたのも、その延長線上にあったのだと思う。

次回は、

「金髪にした日、私は自由を取り戻したかったのかもしれない」

について書いてみようと思う。


移住の選択と思考シリーズ|全話はこちら
環境を変えたいのか、それとも人生を変えたいのか。



記事の最後から小さな応援を送っていただけると嬉しいです。

このブログを静かに続ける力になります。

※本記事の内容・概念の無断転載・再配布はご遠慮ください。
引用の際は、出典リンクの明記をお願いいたします。

コメント

Copied title and URL