関係を使う人 vs 話して考える人|なぜあの人たちはこんなに違うのか|関係構造③

関係構造

関係構造シリーズ 第3回です。

前回は「話して考える人」の構造を扱った。今回は、それと似て非なるタイプを比較する。

同じ「疲れる人」でも、
実は種類が違う。


職場には、なぜか疲れる人がいる。

同じように会話しているはずなのに、
関わったあとの消耗の質が違う。

ある人は、重く残る。
ある人は、軽いのに長く続く。

一見似ているようで、
構造はまったく別物だ。


2つのタイプ

ここでは、2つに分けて考える。


関係を使う人(依存型)

人を機能として使う。

判断
記憶
責任

それらを外に出す。

一見「いい人」に見えることが多い。


話して考える人(外部思考型)

話しながら思考する。

会話そのものが処理手段になる。

コミュニケーション能力が高く見えることも多い。


決定的な違い

違いはひとつに集約できる。

何を他人に預けているか。

関係を使う人は、
責任と判断を預ける。

決めない。
覚えない。
最後は人に任せる。

話して考える人は、
思考のプロセスを預ける。

話しながら整理する。
相手に思考を手伝わせる。

結論は、自分で出すこともある。

同じ「他人を使う」でも、
中身がまったく違う。


疲れ方の違い

ここも重要だ。

関係を使う人は、重い。

判断を引き取らされる。
責任が曖昧になる。
役割が増えていく。

話して考える人は、軽いが長い。

会話に付き合い続ける。
思考の整理に巻き込まれる。

気づかないうちに消耗する。

どちらも疲れるが、質が違う。


矛盾の出方

どちらも一貫しないように見える。

でも理由が違う。

関係を使う人は、
自分を守るために変わる。

その場で都合のいいことを言う。
印象を優先する。

話して考える人は、
思考が流動的だから変わる。

話しながら考えている。
その場で結論が変わる。

前者は防御。
後者はプロセス。


倫理観の違い

ここも分かれる。

関係を使う人は、
倫理より自己保身。

自分が安全かどうかが軸になる。

話して考える人は、
場に応じて揺れる。

強い側にも弱い側にも寄る。

どちらも一貫しないが、
構造は違う。


分かり合えるかどうか

ここは現実的に重要だ。

関係を使う人とは、
基本的に分かり合えない。

責任を外に出す構造だから。

話して考える人とは、
部分的には分かり合える。

思考自体はしている。

ただし、内側の軸は弱い。

距離を取る相手と、
使い方を選ぶ相手は違う。


対処法の違い

ここを間違えると、消耗が増える。

関係を使う人には、

判断を返す。
記憶を引き取らない。
距離を取る。

話して考える人には、

思考を引き取らない。
深い話をしない。
会話量を調整する。

対応は同じではない。


一番大事なこと

この2つに共通するのは、

自分のリソースの使い方が問われること。

全部受け止める必要はない。
分かり合おうとしなくていい。

関係は、選んでいい。


最後に

人は同じようにズレているわけではない。

ズレ方が違う。

この違いが見えるようになると、

無駄な消耗は減る。


まとめ

疲れる相手を変えることはできない。

でも、
その人との関わり方は選べる。


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