書けなくなったときに起きていること|感受性|再選択編②

HSPの仕事観

「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズ 第三部 再選択編 第2回

糸が切れたみたいに、急に書けなくなった理由

少し前までは、特に詰まることもなく書けていたのに、
あるタイミングから、ブログが止まっている。

書けない、というより
「書こうとする感じが出てこない」に近い。

以前の自分なら、こういう状態を
“よくない流れ”として立て直そうとしていたと思うけど、
今回はあえて、そのままにしてみている。


環境が切り替わると、動機も消える

なぜ止まったのかを考えると、いくつか理由がある。

ひとつは、環境が切り替わったこと。

それまであった人とのやり取りや、場の緊張感から一度離れ、
日常のリズムが少し変わった。

これまでブログは、
違和感を言語化したり、距離感を整理したりする、
いわば「処理」の役割を担っていた。

でも、その“処理対象”が一旦なくなると、
書く動機も一緒に落ちる。

これは、冷静に考えると自然な流れだと思う。


テーマの重さと、エネルギーの問題

もうひとつは、扱っているテーマの重さ。

「共感と距離」のような軽めの整理ならまだ触れられるけど、
組織や人間関係の違和感を深く扱おうとすると、
どうしても当時の感覚に戻る必要がある。

今はまだ、そこに入り直すほどのエネルギーがない。

だからたぶん、意図的に避けているというより、
身体のほうがブレーキをかけている。


書き方そのものが負荷になっていた

少し前までは、
シリーズとして整えたり、順番を考えたり、
読む人にとってわかりやすい形にすることを優先していた。

それはそれで意味があったけど、
今の状態で同じことをやろうとすると、
一気に負荷が上がる。

なので、しばらくはやり方を変えることにした。

構造としてまとめることよりも、
そのときに感じた違和感や気づきを、単発で置いていく。

あとでつながればそれでいいし、
つながらなくても、その時点のログとしては残る。


動かない日について

ある日は、家から一歩も出ずに過ごしていた。

何かしなきゃという気持ちも少しはあったけど、
それよりも「動かない方がいい気がする」が勝っていた。

なんとなく動画配信サービスを開いて、
九条の大罪を見ていた。

正しさで割り切れない話が多くて、
見ていてスッキリするわけではないけど、
妙に現実に近い感じがする。


人は単純な「正しさ」では動いていない

こういう作品を見ていると、
人の行動はやっぱり単純じゃないと思う。

良い・悪いで切り分けられるものではなくて、
そのときの状況や選択の積み重ねで成り立っている。

たぶん今の自分は、何かを整理しようとしているというより、
一度ちゃんと距離を取ろうとしている。

動かなかったことも、
何も進めていないことも、
そこまで悪いことではない気がしている。


九条の大罪が描いているもの

この作品を見ていて感じたのは、

人間の本質や問題に“正面から向き合う”というより、
むしろ人がそれをどう回避しているかを描いている、という点だった。

ただそれだけではなく、
回避せずに踏み込む側の人間も同時に描かれている。

どちらが正しいという構図ではなく、
それぞれの立場や背景の中で成立している
「その人なりの正義」が並存している。

一見すると正しそうなものが、
誰かを追い詰めていることもあるし、

逆に、冷たく見える行動が、
問題を曖昧にせず、ただ“見える形にしただけ”だったり、
結果的には、それがいちばん人を救う形になっていることもある。

どこかで線引きできる話ではなく、
状況と選択の積み重ねの中で、バランスが揺れ続けている。

その不安定さごと含めて、
人がそれぞれ、なんとか破綻せずに生きている感じがある。

きれいに整理されないまま提示されるところに、
この作品の特徴があるのかもしれない。


無理に戻さなくてもいい

ブログが止まったこと自体は、
以前よりも少しニュートラルに見れている。

単純にサボっているというより、
環境が変わって、役割が変わっただけ。

そう捉えると、無理に戻そうとしなくてもいい気がしている。

しばらくは、細くつないでいくくらいの距離でやってみる。

感受性は、常に開いていればいいものでもなくて、
状況によって閉じることも必要なのかもしれない。

今は、感受性を使って何かを整理するというより、
消耗しない位置に置いている状態に近いのかもしれない。


▶【「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズ全話一覧はこちら】


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「無理に頑張り続けなくてもいいという話」
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