メンタルが強い人の特徴3タイプ|臨床視点で見る違い|共感と距離①

共感と距離の間

共感と距離のあいだシリーズ 第1回

人を理解しようとするとき、
共感だけでも、距離だけでも足りない。

臨床の現場と職場での経験から、人を観察して考えたことを記録していくシリーズです。

「メンタル強いよね」と言われる違和感

職場で時々言われる言葉があります。

「ノアさんってメンタル強いですよね」
「なんか怖いですよね」

言われるたびに、少しだけ違和感がありました。

この言葉は、たいてい相手が「理解している」から出てくる言葉ではありません。
むしろ逆で、「よく分からない人」に貼られるラベルのことが多い。

感情的に崩れない。
淡々としている。
必要なことは言う。

そういう振る舞いを見て、
「メンタルが強い人」という言葉が使われる。

でも、その言葉は結果しか見ていません。

メンタルが強いと言われる人の3タイプ

職場で「メンタル強いよね」と言われる人には、実は少し違うタイプがあります。
見た目は似ていても、その背景はかなり違います。

私の感覚では、大きく3つくらいに分かれると思っています。

①本当にメンタルが強い人

まず、本当にメンタルが強い人。

これは単純に
ストレス耐性が高く、状況に振り回されにくい人です。

・感情が安定している
・状況を客観的に見る
・落ち込んでも回復が早い

こういう人は確かにいます。

ただ、このタイプは意外と多くありません。
むしろ少数派です。

多くの場合、職場で「メンタル強い」と言われる人は、別のタイプであることが多い気がします。


② 感情を出さない人

2つ目は、感情をあまり外に出さない人。

落ち込んでいないわけではない。
怒っていないわけでもない。

ただ、それを表に出さないだけです。

淡々としている。
表情が変わらない。
感情を職場に持ち込まない。

そういう人は周囲から

「この人は強い」

と思われがちです。

でも実際には、
ただ感情の扱い方が違うだけのことも多い。


③ 修羅場をくぐってきた人

そして3つ目が、
私が一番多いのではないかと思っているタイプです。

それは

修羅場をくぐってきた人。

人生の中で、どうにもならない出来事をいくつか経験すると、人は少し変わります。

感情がなくなるわけではない。
強くなるわけでもない。

ただ、ある程度のことでは揺れなくなる。

なぜなら、
もっと大きな出来事をすでに経験しているからです。

外から見ると、それは

「メンタルが強い人」

に見えることがあります。

でも実際には、

ただ人生の経験値が違うだけ

ということも多い。

臨床の現場にいると、そういう人をよく見ます。

人は理由なく壊れない。
そして、人は理由なく強くならない。

だから私は「メンタルが強い」という言葉を聞くと、
時々その背景を考えてしまいます。


臨床の仕事をしていると見える「人の背景」

私は看護師であり、行政保健師経験者であり、産業保健師でもあります。
つまり、ずっと臨床の仕事をしてきました。

臨床にいると、あることを強く感じるようになります。

人は理由なく壊れない。

そして同時に、

人は理由なく強くならない。

過労、メンタル不調、家庭の問題、病気。
さまざまな人生の局面を見ていると、人の振る舞いの「背景」が自然と気になるようになります。

この人はなぜこうなったのか。
どんな経験をしてきたのか。

臨床家は、そういう目で人を見るようになります。

上司は私を「メンタルが強い人」と言った

以前の職場で、ある上司がよくこう言っていました。

「ノアさんはメンタル強いよね」
「ちょっと怖いよね」

例えば会議のあとに、

「よくあの場面で怒らなかったね」

と言われたこともあります。

本人は多分、褒め言葉として言っていたと思います。

でも内心では、少しだけこう思っていました。

「それ、小指の爪の先くらいしか分かってない人が言うやつだな」

この言葉は、理解というよりもラベルです。

組織の視点で見ると
・崩れない
・仕事できる
・冷静
そういう人は「メンタルが強い人」になります。

でも本当は「修羅場をくぐってきた人」

もし本当に理解していたなら、
上司はきっと違う言葉を使ったと思います。

「この人は修羅場をくぐってきた人だ」

人が落ち着いて見えるとき、
そこにはたいてい何かの経験があります。

人生で崩れるような出来事。
逃げられない状況。
どうにもならない現実。

そういうものをいくつか通ると、人は少し変わります。

表面は静かになる。
でも中にはいろいろなものが積み重なっている。

「メンタルが強い」という言葉では、その背景は見えません。

組織の視点と臨床の視点は違う

組織の人は、人をこう見ます。

「この人は使えるか」

臨床の人は、人をこう見ます。

「この人はなぜこうなったのか」

どちらが正しいという話ではありません。
ただ、見ている階層が違う。

組織は機能を見る。
臨床は人生を見る。

だから時々、同じ人を見ていても、
まったく違う理解になります。

人は理由なく強くならない

人は理由なく壊れない。
そして、人は理由なく強くならない。

落ち着いている人。
淡々としている人。
感情に振り回されない人。

そういう人の多くは、
ただ生まれつき強いわけではありません。

むしろ逆で、
いくつかの修羅場を通った結果、そうなっていることが多い。

臨床の現場にいると、それがよく見えます。

人を観察する仕事をしていると起きること

臨床の仕事をしていると、
人を見るときの視点が少し変わります。

「良い人」「悪い人」ではなくなる。

能力も見る。
孤独も見る。
崩れそうな部分も見る。

そうすると、人は少し立体的に見えてきます。

そして時々、職場の人間関係も
ちょっとだけ興味深いものに見えてきます。

このシリーズでは、そんな「少し興味深い人」を
臨床の視点から静かに観察してみようと思います。


どちらも悪くないのに、なぜかぶつかってしまう
――そんな瞬間があります。

次回は、
話し合う人と距離を取る人、それぞれの思考の特徴を紐解きながら、
そのすれ違いが関係にどんな影響を与えるのかを見ていきます。


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