「組織という生き物が変わるとき」シリーズは、
組織を理解するための解説ではなく、
組織を“構造として見てしまった人”が、
もう一度自分の立ち位置を探していく観察記録です。
組織は、ある日突然壊れるわけではありません。
それはまず、
体温のわずかな変化のように始まります。
小さな違和感や、言葉にならないズレが積み重なるうちに、
その生き物の内部で、
目には見えない防衛反応が静かに動き出すのです。
ここでは、特定の誰かを責めるのではなく、
職場で繰り返される出来事を「構造」として静かに見つめ、
その輪郭を言葉にしていきます。
個人の問題に見えていた出来事が、
実は組織という生き物の反応だったと気づくための記録です。

帰国してしばらくしてから、私は突然仕事に疲れるようになった。
以前なら当たり前にできていたことが、なぜか消耗に変わっていた。
そのとき私は、「自分が弱くなったのだ」と思った。
はじめに
海外で働いていた時間、
特別になにか成果を残したとか
特別なことはなかったように思う。
ただ、仕事の進み方が違った。
理由を説明し、
必要なら議論し、
納得したら前に進む。
それだけのことだった。
だから日本に戻れば、以前と同じように働けると思っていた。
けれど実際には、違った。
会議は結論に向かわず、
決定はどこで行われたのか分からず、
説明よりも「察すること」が求められた。
同じ確認が毎年繰り返され、
誰も読み返さない記録だけが静かに積み上がっていった。
そして何より奇妙だったのは、
周囲が誰もそれを不思議に思っていないことだった。
海外生活で起きていた変化は、
語学や仕事のスキルの問題ではなかった。
あとから振り返ると、
それはむしろOSの書き換えに近かったと思う。

転換
当時の私は、自分に問題があると考えた。
忍耐力が落ちたのかもしれない。
適応力がなくなったのかもしれない。
けれど今なら分かる。
変わったのは能力ではなかった。
見えるものが変わってしまったのだった。
けれど当時の私は、
何が見えているのかさえ言葉にできなかった。
ただ、理由のわからない違和感だけが積み重なり、
気づかないうちに、
何かが静かにすり減っていった。
とにかく、わけもなくつらかった。
海外に出たことで、私は初めて
組織を「人」ではなく「構造」として見る視点を
手に入れてしまっていた。
それは、どこかのタイミングで
水の中から一度だけ顔を上げてしまったような感覚だった。
それまで私は、
与えられた海流に合わせて泳いでいただけだった。
けれど一度外の光を見てしまうと、
流れの向きや、水圧の変化が分かるようになる。
もう、ただの一匹としては泳げなくなる。
その瞬間、私は当事者であると同時に、
観察者になっていた。

役割から切り離された時間
日本にいる間、人は気づかないうちに
「どこに属しているか」で自分を定義している。
会社の名前。
肩書き。
周囲から期待される役割。
年齢や性別、学歴やできることさえ、
気づかないうちに自分を説明してくれていた。
けれど、誰も自分を知らない場所に行くと、
それらは一度すべて消える。
言葉は思うように届かず、
日本にいたときのように自分を語ることもできない。
そのとき人は、
何を言ったかよりも、
どんな態度でそこにいるか
で見られるようになる。
私は日本人だったし、女性だった。
けれどそれ以上に、
「日本を知らない日本人」としてそこにいたと感じた。
周囲のほうが、私より日本や日本人を知っていたようにも思った。
そこで初めて気づいた。
自分には、役割の外側にある輪郭が
ほとんどなかったことに。
日本では、なじむことが先にあり、
その枠線から出ないことが安全だったから。
そこで初めて残るのは、
「自分は本当は、どう考え、どう動くのか」
という問いだった。
私はそこで、役割ではなく
内側から動く感覚を覚えた。
そして、
もう元の場所には戻れないことだけが、
静かに分かっていた。
それが何を意味するのかは、まだ分からなかったけれど。

世界が一つではなくなる
異なる文化の中で生活すると、
正しさが一つではないことを日常的に経験する。
同じ出来事でも、
解釈はいくつも存在する。
「あなたはそう考えるのね」
「私はこう思うけれど、それも一つだよね」
そんなやり取りが、特別なものではなく、
ただの日常として繰り返されていた。
そして、
気づかないうちに、
物事を一方向から見ることができなくなっていた。
帰国後に苦しくなった理由の一つは、
ここにあったのだと思う。
「前からこうだから」という言葉が、
説明ではなく停止に聞こえるようになっていた。
その一言の向こうに、
個人の問題ではない、
もっと大きな停滞の気配まで見えてしまったから。

言葉で説明するという感覚
海外では、察してもらうことは前提ではない。
考えは言葉にし、
理由を示し、
互いに確認しながら進む。
それが普通だった。
だから帰国後、同じように話したとき、
「強い」「空気を読まない」「なんか変わった人」
と受け取られることに戸惑った。
私は変わったつもりはなかった。
ただ、
自分の事情を説明することが
ある意味、透明で
誠実だと学んでしまっていた。
なぜ適応できた人ほど苦しくなるのか
後になって知ったが、
海外経験者の中でも特に苦しみやすいのは、
深く適応できた人、
そして内省する習慣を持つ人だと言われている。
違和感を見過ごせない。
自分の変化にも気づいてしまう。
周囲が流せる不合理に対しても、
「なぜだろう」と立ち止まってしまう。
そしてさらに残酷なのは、
以前の自分と今の自分を
同時に比較できてしまうことだった。

帰る場所が分からなくなる瞬間
現地の文化を理解し、
その中で自然に振る舞えるようになった頃、
私はもう「海外にいる日本人」では
なかったのかもしれない。
帰国したとき、
ほっとする感覚と、
なぜか戻りたいという衝動が同時にあった。
あれほど帰りたかったはずなのに、
日本の空気はどこか重く、
きちんと呼吸ができているのか分からなくなった。
故郷のはずで、
ずっと働いてきた場所のはずなのに、
少しだけ外側に立っているようだった。
日本が懐かしい場所ではなく、
“外側”の場所に感じられた。
帰属先が失われたような感覚。
それが、長いあいだ言葉にできなかった
違和感の正体だった。
そして今になって、
ようやくその輪郭に触れられるところまで
歩いてきたのだと思う。

再突入のパラドックスーなぜ私には見えてしまったのかー
海外で適応できたということは、
以前の自分を一度解体し、更新したということでもある。
だから戻ったとき、
同じ場所に同じようには収まらない。
それは失敗ではない。
むしろ、
正しく書き換えされた結果だった。
アップデートされたOSを、
以前と同じ環境で動かそうとして、
小さな不具合が起きていただけだったのかもしれない。
あの頃の私は、環境に適応できなくなったのだと思っていた。
けれど今は少し違う理解をしている。
もしかすると私は、
組織に合わせられなくなったのではなく、
もう、何も見えなかった頃には戻れなくなっていただけだったのかもしれない。

個人の性格だと思っていた頃
以前は、うまくいかない理由を誰かの性格に帰していた。
話が長い人。
決められない上司。
空気を読む同僚。
しかし帰国後、それらは個人の問題には見えなくなった。
誰が入っても同じ振る舞いになる。
同じ場所で、同じ停滞が繰り返される。
つまりそこには、
人ではなく仕組みがあった。
静かな離脱
海外経験者が組織から静かに離れていくのは、反抗ではない。
むしろ逆で、
「合わせること」が努力ではなく、
演じることに見えてしまうからだ。
以前は適応だった行為が、
自分を削る作業に変わる。
もしかすると、
言葉だけでなく、
前提の違う世界のあいだで
潮目に立ち、
どちらの流れも敵にせず、
往来を可能にする存在として泳げたのかもしれない。
異なる価値観のあいだに立ち、
どちらの前提も理解したうえで、
水圧ごと翻訳できる存在として。
けれど、その役割はあまりに複雑で、
当時の私には引き受けきれなかった。
帰国後に身を置いた、
ひとつの価値観を前提に長く続いてきた環境にも、
うまくなじむことができなかった。
どちらが正しいという話ではない。
異なる水圧や流れのあいだを行き来していると、
どちらの海流にも完全には溶けきれない感覚が残る。
その違和感に気づいたとき、
人は大きな音を立てずに、少しずつ距離を取る。

すべての始まり
後になって私は気づいた。
水槽の中で整然と保たれているように見えた組織も、
境界線が必要になった人間関係も、
役割が終わっていった関係も、
すべてはこの時から始まっていた。
私は壊れたのではなかった。
構造が見えてしまった側に移動していただけだった。
だから私は、あの頃の自分を
「適応できなかった人」だったとは思っていない。
ただ、少し早く気づいてしまっただけだった。
私はそのとき初めて、
組織を「働く場所」ではなく、
ひとつの大きな生き物のような存在として見始めていた。
外から見れば巨大で安定しているように見える。
けれどその内部では、
無数の免疫組織のような小さな意思がうごめき、
体内の均衡を保とうとしている。
そこに善悪はない。
ただ、生き延びようとする反応があるだけだ。
私もかつては、その免疫のひとつだったのだと思う。
けれどあるとき、
体内の水圧に合わなくなり、
静かに「異物」と判定された。
今は少し離れた海の中から、
その大きな生き物の泳ぎを眺めている。
たぶん、すべてはそこから始まったのだと思う。
「組織という生き物は、表面ではあまり変化がないように見えます。
けれど、静かな微かな違和感の積み重ねが塵のようにつもっていることがある。
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