このブログは、ひとりで始めたものではなかったのかもしれない|役割が終わった人間関係・番外編

役割の終わり

静かな終章を書いたあと、
ひとつだけ、書かずに残っていたことを思い出した。


▶ 第13回|理解しすぎたあと、人は戦うのをやめてもいい|静かな終章|

役割が終わっても、消えなかったもの

人との関係には、役割のようなものがある。

同じ場所にいるあいだだけ続く関係。
同じ仕事をしているから成り立つ関係。
同じ時間を共有しているから近くに感じる関係。

環境が変われば、多くは静かに終わっていく。

私は転校を繰り返してきたこともあり、
人間関係が距離に勝てないことを、わりと早い段階で知ってしまった。

どれほど親しくても、
生活圏が変われば、連絡は減り、
やがて疎遠だったり思い出の中の人になる。

それは自然な流れなのだと思う。


だから私は、
「関係が終わること」そのものに、
あまり強い抵抗を持たなくなっていた。

けれど。

長い時間が過ぎても、
役割が終わったはずなのに、
なぜか心のどこかに残り続ける人がいる。

思い出そうとしているわけでもないのに、
ふとした瞬間に浮かんでくる人。

人生の方向が少し変わるとき、
なぜか一緒に思い出される人。

今回、久しぶりに連絡を取ったその人は、
私にとって、そういう存在だった。

帰れなくなった場所

幼い頃、私はある土地で育った。

保育園の頃からいつも一緒にいた友達がいて、
記憶の中では、その子がいることが当たり前だった。

けれど、小学校の途中で引っ越すことになった。


別れは突然で、
「また会える」という言葉の意味もよく分からないまま、
私はその土地を離れた。

新しい学校の校庭には、
前の学校では当たり前に見つかったものがなかった。


地面を探しても見つからない小さな石。

遊びの途中で自然に手に取れていたものが、
ここには存在しなかった。



その違いが、

子ども心に、

きっと
とてつもなく遠くに来てしまったことを静かに知らせていた。

気づけば、あの大切だった親友には新しい友達ができ、
私は別の場所で新しい生活を始めていた。



けれど私には、
その後ずっと「親友」と呼べる存在はなかなかできなかった。

戻りたくて仕方ないと思っていた時期もあった。

けれど、大切だった家族が続けて亡くなり、
故郷に戻る理由そのものが、少しずつ薄れていった。

あたたかくて、やわらかくて、
思い出すと、
目頭がジンとして
胸が痛くなる記憶だけが残った。

そして私は、
その記憶を思い出すこと自体がつらくなり、
いつの間にか、触れないように距離を取るようになっていた。

帰りたい場所は、
ふとした時に浮き上がってくる
思い出の中にだけ残るものになっていった。



そのことに気づいたのは、ずっと後になってからだった

それから長い時間が過ぎた。


故郷のことを思い出すことも、ほとんどなくなり、
私は別の場所で働き、別の生活を続けていた。


そしてあるとき、
短い期間だけ一緒に働いた人がいた。


ただ、不思議と無理をしなくてよかった。


あとになって気づいた。


その人は、私と同じ土地の空気を知っている人だった。

同じ空気の中にいた時間


その人とは、ある職場でほんの短い期間だけ一緒に過ごした。

同じ仕事をしていた時間が少し重なっただけで、
共通点が多かったわけではなかった。

けれど今振り返ると、
その人と過ごした時間には、
どこか説明できない安心感があった。

そして、不思議と印象に残っている。


安心して、同じ景色を見ていた、という感覚。


その人はPCにとても強かった。

でも技術を誇ったり自慢するような感じではなく
普通に何でもできた。

私たちの業界では、PC周りの教育を主だってしないため
PCに強い人というのはとても少ない。


その背景もあり、専門職なのにPCに強いという
その姿を無性にかっこいいと感じた。


世界の見え方が一段広がった。

ただ一方で、私はそれまでと同じようにPC周りは
やはり得意ではなかった。

気づいたこと|人は直接的に影響されない

なぜか私はワードプレスを使ってブログ記事を書き、
発信するようになっていた。

そしてふとした時、思い出す人がいた。

  


「このブログは、ひとりで始めたものではなかったのかもしれない」

なんとなくそう感じた。

  

役割が終わった関係には、二つの終わり方があるのかもしれない。

距離とともに消えていく関係と、
形を変えて自分の中に残り続ける関係。
 

私がこのシリーズで書いてきたのは前者だった。


けれど今回気づいたのは、後者の存在だった。

   

あの人は私に勧めたわけでも

教えてくれたわけでもなく

ただどんな人にも 

「選択肢が存在する」 

ということを見せてくれていた。

  

関係は続かなかったのかもしれない。


けれど、影響だけは静かに残っていた。 

人は、誰かに導かれる瞬間よりも、
気づかないまま方向を少し変えられていることの方が多いのかもしれない。

    
    

人間関係には、終わり方がある



はっきり別れたわけでもなく、

喧嘩をしたわけでもないのに、

気づけばもう連絡を取らなくなっている人たちがいる。


それでも、不思議なことに、その人たちは完全には消えない。

思い出としてではなく、考え方の一部のような形で、

今の自分の中に残り続けている。

このブログを書き始めたきっかけも、
そういう関係の延長線上にあったのだと気づいた。 

   

背中を押された記憶もない。
  

ただ、ある人が当たり前のように使いこなしていた情景、 

説明しなくても通じた空気が、

いつの間にか私の選択肢を増やしていた。

  

微かに残る影響


脳裏にあるわずかな記憶が人生を導くことがある
  

「関係は続かなかったかもしれない。でも、影響は続いていた」
   

だからこそ、
 
  
無理に理解し合おうとしなくても

同じ空気の中にいられる時間は、

あとから振り返ると、少し特別な時間だったのかもしれない。
    

関係は終わる。


距離には勝てない。

  
それでも、ごく稀に、
消えない影響だけが残ることがある。 

人間関係は続かなくても、

思考だけが、長く生き続けることがある。


私が組織を離れる決意について後悔しないものだと感じた、ある「静かな瞬間」の記録です。
感受性が高いゆえに見えてしまった違和感と、
生まれた土地へ移り住むことの決意について書きました。

[送別会に違和感を感じた理由|仕事を辞めると決めた静かな瞬間|感受性|再選択編①]


「話し合いたい人」と「距離を取りたい人」。
なぜこの二人は、同じ関係の中でこんなにすれ違うのでしょうか。

その心理構造についてはこちらで書いています。


人に頼ることは、悪いことではないはずなのに。
なぜか、相談するたびに関係が遠ざかっていく。

その背景にある「境界線」という考え方を、体験を通して書いています。


■ 役割が終わった人間関係をより深く理解するために

このシリーズの中でも、特に多くの方に読んでいただきたいエピソードを厳選しました。

[理想の自己紹介と心理学]

[理解しすぎた後、戦わない選択]

[人間関係を更新しない選択]


[「仮面」が固定されていく心理]



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「役割が終わった人間関係」シリーズ全話一覧はこちら

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