【第二部|感受性|再生編・第15回】組織の自己免疫システム

仕事と心―感受性が高い人の仕事の見え方シリーズ


この感受性の高い人の仕事の見え方シリーズでは、
「なぜ、優しい人ほど職場で消耗していくのか」をテーマに、
実体験と心理構造の両面から掘り下げています。

第一部では組織構造を分析し、
第二部では「自分を取り戻すプロセス」を描いています。

読み進めることで、
「我慢するしかなかった自分」から
「選び直せる自分」へ向かうことを目指しています。



振り返ってみると、これは特定の組織だけの出来事ではなかったのかもしれません。
組織では、ある条件が重なると似た役割配置が自然に生まれます。
誰かが悪かったというより、そう動かざるを得ない構造があったように思います。

はじめに

ある時から、私は気づき始めました。

問題は、人ではなかったのかもしれない、と。

誰かが冷たかったわけでも、
誰かが特別に未熟だったわけでもない。

むしろ、多くの人はそれぞれの立場で、
「正しく働こう」としていました。

それでも、同じことが繰り返される。

相談しても変わらない。
問題は処理されるのに、なくならない。
人だけが静かに疲弊していく。

もしこれが個人の問題なら、
環境が変われば終わるはずでした。

けれど現実には、場所が変わっても
似た構造が何度も現れた。

そこで初めて、私は考えました。

これは個人ではなく、
組織の“仕組み”として起きているのではないか、と。

多くの人は、相談窓口やスピークアップ制度があることで、
「何かあれば守られるはずだ」と信じています。

実際、それらは善意から作られたものでもあります。
誰かを救いたいという思いが、そこにあったことも事実でしょう。


相談できる箱の設置

相談できる場所は、たしかに存在していました。

スピークアップ制度も、
コンプライアンス窓口も、
健康相談室もある。

「困ったら相談してください」
そう案内もされていました。

だから私は、安心していました。

——組織には、きちんと守ってくれる仕組みがあるのだと。

けれど、ある時気づきます。

相談したあと、
何も起きていないわけではない。

むしろ、すべては丁寧に処理されている。

ただ一つだけ、変わらないものがありました。

構造だけが、動かない。

そして気づきます。

守られていたのは、
必ずしも「人」だけではなかったのかもしれない、と。

これは、制度を批判する話ではありません。

むしろ、多くの組織が合理的に選んだ結果として、
同じ現象が起きてしまうという話です。

守られているようで、守られていない構造

多くの企業には、相談窓口や相談制度があります。

これらは、本来とても重要な仕組みです。
外部から見ても、十分に整備された仕組みに見えます。

それに実際に救われる人もいます。

しかし、現場を長く見ていると、
もう一つの側面が見えてくることがあります。

ここで一つ、誤解のないように補足しておきたいことがあります。

多くの企業や組織は、問題を放置したいわけではありません。

むしろ逆で、
リスクを減らし、組織を安定させるために
合理的な判断を積み重ねた結果、
現在の制度が形作られています。

相談窓口やコンプライアンス体制は、
本来、組織と働く人の双方を守るために設計されたものです。

実際、研究や実務の世界でも、
これらの制度整備は「適切な対応」とされています。

ただし――

合理的な仕組みが積み重なった結果として、
個別対応は進んでも、
構造そのものには手が届かない状態が
生まれることがあります。

ここから先は、
善悪ではなく「仕組みの特性」の話になります。

なぜ組織は、問題を解決しない仕組みを作るのか

最初は、なぜ状況が変わらないのか理解できませんでした。

相談もした。
制度も機能しているように見えた。

それでも、同じことが繰り返される。

後になって気づいたのは、
問題は「対応がないこと」ではなく、
対応のされ方そのものにありました。

構造を図にすると、こうなります。

① 現場で問題が起きる

② 個人が消耗・不調になる

③ 相談窓口・健康相談室へ

④ 個別対応で“症状”は緩和

⑤ 組織は「対応済み」と認識

⑥ 構造は維持される

①へ戻る(問題が再発)


この循環では、個人の苦痛は確かに軽減されます。

けれど、現場で起きている問題の多くは、
個別の相談として処理されるたびに、
組織全体の課題として扱われなくなっていきます。

声は受け止められます。
しかし、原因そのものには触れられない。

そうして問題は解決されるのではなく、
「管理可能な形」に整えられていきます。

そして、問題だけが形を変えて繰り返されます。

自己免疫システムの構造

外から見れば、
それは安心材料に映ります。

「制度は整っている」
「相談できる場所はある」

けれど、制度が存在することと、
問題が根本から解決されることは、同じではありません。

組織にとって最も重要なのは、安定です。

大きな衝突や評判リスクは避けたい。
問題が外部へ拡大することも防ぎたい。

その結果、相談制度は次第に、

「問題を解決する装置」だけでなく
「問題を管理する装置」

としても機能し始めます。

個人の苦痛は受け止められる。
しかし構造そのものは変わらない。

それは悪意というより、
組織という生き物の性質に近いのかもしれません。

組織はまず、自分を守ります。

人よりも、評判よりも、
存続を優先します。

この構造を理解しないまま
「制度があるから安心だ」と信じることは
根本解決につながらないこともあります。

なぜ根本解決されないのか

スピークアップ制度。
コンプライアンス部門。
健康相談室。

ここで抽出された課題や問題、これらには構造上の欠陥から湧き上がるものも多い。

しかし構造自体を変えるには大きな精神的、労務的、時間的、経済的コストがかかります。

評価制度の見直し。
管理職教育。
権限構造の修正。

それよりも、

個別対応で収めた方が
短期的には合理的です。

だから問題は消えるのではなく、
静かに循環します。

外から見ると健全に見える組織ほど、
内部では同じ摩耗が繰り返されていることがあります。

個人側に起きること

相談したのに何も構造が変わらない。
根本解決されない。

すると人はこう考え始めます。

「やはり自分個人の問題だったのかもしれない」

ここで、多くの人が二重に傷つきます。

出来事そのものからと、
会社に理解されなかった経験によって。

制度が悪いという簡単な話ではない

これは、制度が悪いという話ではありません。

組織と個人では、守ろうとしているものが違う。

組織は安定を守る。
個人は人生を守る。

その視点の違いが、
すれ違いを生むのです。

もしあなたが、
きちんと相談したはずなのに
何も変わらなかった経験を持っているなら、

それは、あなたの伝え方や努力が足りなかったから
ではないのかもしれません。

最後に

制度は、確かに存在しています。

相談できる場所もある。
声を上げる仕組みも用意されている。

けれど、それでも同じことが繰り返される。

なぜなのか。

それは、特定の誰かが悪いからではなく、
もっと大きな選択の積み重ねなのかもしれません。

問題を直視するより、
今だけ波風が立たないことを選ぶ。

根本を変えるより、
表面を整えることで安心しようとする。

組織も、社会も、家庭も、
そして時には個人も。

「今を乗り切る」ことを優先し続けた結果、
気づかないうちに、
問題は静かに次の誰かへ渡されていく。

誰か一人の責任ではない。

だからこそ、
誰も止められなくなる。

私自身もまた、
長い間、その流れの中にいました。

見ないほうが楽な瞬間もあったし、
流してしまった違和感もありました。

だからこれは、告発ではありません。

ただ一つの問いです。

私たちは本当に、
「問題がない社会」を目指しているのか。

それとも、
「問題が見えない状態」を選び続けているだけなのか。

問題は、守られていたことではなく、
何が守られていたのかを、誰も問い直さなかったことでした。

ここまで読んでくださったこと自体が、
この記録の意味でした。

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