【第一部|組織編・第11回】感受性の高い人の仕事の見え方 : 「休めない人」と「動けなくなる人」は、同じ場所で消耗している

仕事と心―感受性が高い人/低い人シリーズ

「行かなきゃ」と思うほど、行けなくなる心理構造

第一部|組織と依存の構造「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズ

※この記事は
「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズの第一部 第11回です。

▶ 第1回|やさしくて仕事のできる人ほど、会社で静かに消耗する
▶ 第2回|感受性の高い人と低い人の働き方の違い ― 過去・現在・未来の視点から考える ―
▶ 第3回|抽象思考の人ほど、職場で消耗していく理由―「翻訳役」になってしまう構造―
▶ 第4回|記憶力がいい人ほど、職場で消耗していく理由―「説明係」になってしまう構造―
▶ 第5回|危険を読む人ほど、前に出られなくなる
▶ 第6回|同じ職場なのに、なぜこんなにしんどいのか
▶ 第7回|なぜ組織は「見ないふり」をするのか
▶ 第8回|感情で職場を支配する人に、なぜ私たちは消耗するのか
▶ 第9回|会議で主導権を握りたがる人の心理
▶ 第10回|「ゼブラ企業」で消耗していく理由―優しさが依存に変わる職場の構造


このシリーズでは、
「なぜ、優しい人ほど職場で消耗していくのか」をテーマに、
実体験と心理構造の両面から掘り下げています。

第一部では、組織や人間関係、依存構造の問題を分析し、
第二部では、自分の人生を取り戻すための視点を整理していきます。

読み進めることで、
「我慢するしかなかった自分」から、
「選び直せる自分」へ変わることを目指しています。


「行かなきゃ」と思うほど、行けなくなる心理構造

健康相談室には、よく二つのタイプの人が来ます。

一人は、明らかに体調が悪いのに、無理をして出社してくる人です。
発熱があっても、吐き気があっても、「大丈夫です」と言って席に戻ろうとします。

もう一人は、「行かなきゃいけない」と頭ではわかっているのに、どうしても体が動かなくなってしまう人です。
朝になると動悸がして、息が苦しくなり、布団から出られなくなってしまいます。

この二人は、正反対に見えます。

よく頑張る人」と、「休みがちな人
責任感が強い人」と、「弱い人

そんなふうに見られることもあります。

けれど、長く見ていると、私はこの二人がとてもよく似ていることに気づきます。

表に出る行動は違っても、内側は同じ

無理をして出社する人に話を聞くと、こんな言葉が返ってきます。

迷惑をかけたくなくて
自分が休んだら、周りが困るので
ここで休んだら、評価が下がりそうで

一方、動けなくなってしまった人も、同じようなことを言います。

本当は行きたいんです
「サボりたいわけじゃないんです」
行かなきゃって、ずっと思っていて

どちらも、根っこにあるのは同じです。

「期待に応えたい」
「迷惑をかけたくない」
「ちゃんとしていたい」

とてもまじめで、責任感の強い人たちです。

心は「行かなきゃ」、体は「もう無理」

このタイプの人たちは、限界まで我慢します。

つらくても、違和感があっても、
「気のせい」「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせます。

休むことより、耐えることを選び続けます

その結果、どうなるか。

心は最後まで、「行かなきゃ」と言い続けます。
止まらないのです。

だから、代わりに体が止めに来ます。

・強い疲労感
・吐き気
・動悸
・めまい
・頭痛・腹痛
・首・肩・腰痛
・立てなくなる
・眠れなくなる

これは「気のせい」ではありません。

心が止まれなかった分を、体が引き受けている状態です。

少しだけ、体の話をします

さらに苦しいのは、「行きたいのに行けない状態」そのものが、大きなストレスになることです。

多くの人は、「休めてよかった」とは思えません。

また行けなかった
迷惑をかけてしまった
情けない

そんなふうに、自分を責め続けます

この状態が続くと、心だけでなく、体にも影響が出ます。

強いストレスが続くと、自律神経やホルモンのバランスが乱れ、免疫に関わるNK細胞の働きが弱くなることが知られています。

すると、風邪をひきやすくなったり、体調を崩しやすくなったりします。

そうなると、さらに出社が難しくなり、「また休んでしまった」と自分を責める

そして、その自己否定が、さらに強いストレスになります

「行きたいのに行けない」
「頑張りたいのに、体がついてこない」

その苦しさが、心と体の両方を削っていくのです

なぜそこまで疲れるのか?

こうした人たちを見ていると、ある共通点があります。

それは、「出来事を、心だけで終わらせられない」ということです。

たとえば、家庭で大きな言い争いをした翌日、急に体調を崩す人がいます。

「もう終わったことです」
「仕事とは関係ないです」

そう言いながらも、実際には、強い疲労感や吐き気が出て、動けなくなってしまう。

頭では切り替えたつもりでも、感情は体の中に残ったままになっているのです。

また、職場でのちょっとした「違和感」に、強く反応してしまう人もいます。

たとえば、異動先で聞いていた条件と、実際の担当や通勤先が少し違っていたとき。

「話と違うな」と感じた瞬間から、

期待されていないのかもしれない
軽く扱われているのかもしれない
ここではうまくやれないかもしれない

と、頭の中で不安が何倍にも膨らんでいきます。

誰かに責められたわけでもないのに、
自分で自分を追い詰めて
なかったはずの棘を作り
自分に刺してしまう
のです。

こうした人たちは、決して考えすぎたいわけではありません。

ただ、入ってくる情報を、そのまま流せないだけです。

一つ一つを深く受け取り、何度も反芻し、意味づけしてしまう。

これは、「受け取り方の型」のようなものです。

本人も、もっと楽に受け取りたいと思っています。
けれど、なかなか変えられない。

変えられないことに悩み、
また自分を責める

そんなループに入ってしまう人もいます。

その積み重ねが、心と体を消耗させていきます。

「甘え」でも「逃げ」でもない

周りの期待通りに動けなくなった人は、自分をとても強く責めます。

「こんなことで休むなんて」
「自分は弱い」
「みんな頑張っているのに」
「なんで自分だけこんななんだ」

無理をして出社する人も、同じです。

「これくらいで休んじゃダメだ」
「もっと頑張らなきゃ」

どちらも、自分にとても厳しい。

でも、はっきり言います。

これは、甘えでも、逃げでもありません。

限界を超えた心が、体を通してSOSを出しているだけです。

同じ場所で、違う形で壊れている

休めない人と、動けなくなる人。

行動だけを見ると、正反対に見えます。

けれど実際は、同じ場所で、同じように消耗しています。

・自分の感覚より、周囲を優先する
・我慢が当たり前になっている
・助けを求めるのが苦手
・「ちゃんとしなきゃ」が強すぎる

こうした積み重ねが、心と体を削っていきます。

次回へ

では、なぜこういう人たちは、ここまで自分を削ってしまうのでしょうか。

なぜ、人より先に疲れてしまうのでしょうか。

そこに関係しているのが、「感受性」という特性です。

次回は、「感受性とは何か」について、もう少し整理して考えてみたいと思います。

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