※この記事は
第一部|組織と依存の構造
「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズの第10回です。
第一部|組織と依存の構造
「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズ
※この記事は
「感受性の高い人の仕事の見え方」シリーズの第一部 第12回です。
▶ 第1回|やさしくて仕事のできる人ほど、会社で静かに消耗する
▶ 第2回|感受性の高い人と低い人の働き方の違い ― 過去・現在・未来の視点から考える ―
▶ 第3回|抽象思考の人ほど、職場で消耗していく理由―「翻訳役」になってしまう構造―
▶ 第4回|記憶力がいい人ほど、職場で消耗していく理由―「説明係」になってしまう構造―
▶ 第5回|危険を読む人ほど、前に出られなくなる
▶ 第6回|同じ職場なのに、なぜこんなにしんどいのか
▶ 第7回|なぜ組織は「見ないふり」をするのか
▶ 第8回|感情で職場を支配する人に、なぜ私たちは消耗するのか
▶ 第9回|会議で主導権を握りたがる人の心理
このシリーズでは、
「なぜ、優しい人ほど職場で消耗していくのか」をテーマに、
実体験と心理構造の両面から掘り下げています。
第一部では、組織・人間関係・依存構造の問題を分析し、
第二部では、自分の人生を取り戻すための視点を整理していきます。
読み進めることで、
「我慢するしかなかった自分」から、
「選び直せる自分」へ変わっていくことを目指しています。このシリーズでは、
「感受性が高く、まじめで、仕事に誠実な人」が
なぜ職場で消耗しやすいのかを、構造的に書いています。

第一部|組織と依存の構造― なぜ、優しい人ほど職場で壊れていくのか ―
優しい人は「安全基地」になりやすい
感受性の高い人には、共通した特徴があります。
・相手の気持ちを察する
・状況を整理できる
・言葉にするのが得意
・衝突を避けたい
こうした力は、本来とても貴重な才能です。
けれど職場では、ときに
「頼りやすい人」「任せやすい人」
として扱われてしまいます。
困ったら聞けばいい。
迷ったら任せればいい。
不安になったら話せばいい。
本人に悪気はなくても、
少しずつ“依存の構造”ができていきます。

なぜ、不安定な組織ほどこの関係が生まれやすいのか
少し視点を引いてみます。
組織再編や統合、配置転換が続く会社では、
・部署がなくなる
・上司が変わる
・評価基準が揺れる
・人が頻繁に入れ替わる
といった変化が日常になります。
さらに最近は、
制度や福利厚生は整っているのに、
現場の負荷や人間関係は放置されている。
いわゆる「ゼブラ企業」と呼ばれる形も増えています。
表向きはホワイト。
でも内側では疲弊が進んでいる。

さらに、M&Aや統合を繰り返す企業では、
もう一つの変化が起こります。
それは、
人の「前提条件」がそろわなくなることです。
・育ってきた会社文化
・仕事の進め方
・評価の基準
・教育環境
・キャリアの積み方
それぞれまったく違う背景を持つ人たちが、
突然、同じ部署で働くことになります。
ときには、
これまで現場中心だった人と、
企画や管理を担ってきた人が混ざることもあります。
立場や肩書きが入れ替わり、
「なぜこの人が決める側なのか」
「誰に従えばいいのか」
分からなくなる場面も増えていきます。
こうして、組織の中の“共通理解”が崩れていきます。
こうした環境では、人は無意識に
「生き残ること」を最優先にします。
余裕がなくなり、
人を信じにくくなり、
失敗を極端に恐れるようになる。
すると自然に、こう思うようになります。
「誰かに頼りたい」
「一人で判断するのが怖い」
結果として、
“考えてくれる人”
“受け止めてくれる人”
に負荷が集中していきます。

混乱した組織ほど「考えてくれる人」に集まる
前提がバラバラになると、人は不安になります。
・自分の判断に自信が持てない
・間違えたくない
・責任を取りたくない
そんな空気が広がると、
「まとめてくれる人」
「整理してくれる人」
「代わりに考えてくれる人」
に頼る流れが生まれます。
そして、その役割を担わされやすいのが、
感受性が高く、調整ができる人です。
本人の能力が高いほど、
周囲は無意識にそこへ寄りかかっていきます。
「つながりたい」は、必ずしも優しさではない
環境が不安定になるほど、
人は“安心できる相手”を手放せなくなります。
「これからも関係でいたい」
「また話を聞いてほしい」
そんな言葉の裏に、
「支えを失いたくない」
「一人になるのが怖い」
という気持ちが隠れていることもあります。
悪意ではありません。
防衛反応です。
けれど、それが依存に変わると、
関係は少しずつ歪んでいきます。

対等でない関係は、いずれ消耗に変わる
その関係が続くと、どうなるか。
・考えるのはいつも自分
・支えるのも自分
・受け止めるのも自分
相手は楽になります。
自分は疲れていきます。
これは対等な関係ではなく、
“擬似的なケア関係”です。
続けるほど、心がすり減っていきます。
距離を取ることは、冷たさではない
感受性の高い人ほど、
「離れるのは悪いこと」
「冷たい人になりたくない」
と思いがちです。
でも、本当は違います。
距離を取ることは、
自分を守るための健全な選択です。
誰かを切り捨てるためではなく、
自分を壊さないために必要な行動です。

優しさは、消耗品ではない
制度だけを見ると、
働きやすそうに見える会社でも、
実際には、
人の余裕が削られていることがあります。
とくに、いわゆる「ゼブラ企業」では、
・休みは取れる
・制度は整っている
・表向きはクリーン
でも、
・相談できる余裕がない
・理不尽が放置される
・声を上げにくい空気がある
そんな歪みが残りやすい。
その中で、感受性の高い人は
“組織の緩衝材”のように使われがちです。
衝突を和らげ、
混乱を整理し、
感情を受け止める。
それは立派な能力です。
でも、それを一人で背負う必要はありません。
優しさは、才能です。
資源です。
守るべきものです。

これから選びたい関係
これからは、
・対等でいられる人
・依存されない距離
・無理をしなくていい関係
を選んでいきたい。
そう思っています。
もしあなたが今、
「なぜか相談役になる」
「なぜか疲れる関係ばかり」
と感じているなら。
それは、あなたが弱いからではなく、
この環境で“優しすぎる側”にいるだけかもしれません。
問いかけ
あなたにも、
「本当は少し距離を取りたかった」
「でも、言えなかった」
そんな関係はありませんか?
もしよければ、
あなたの経験も、教えてください。
きっと、あなただけではありません。


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