【第二部|感受性|再生編・第5回】「全部あの人がやってます」が始まる瞬間― 責任回避型マネジメントの構造 ―

仕事と心―感受性が高い人の仕事の見え方シリーズ

このシリーズでは、
「なぜ、優しい人ほど職場で消耗していくのか」をテーマに、
実体験と心理構造の両面から掘り下げています。

第一部では組織構造を分析し、
第二部では「自分を取り戻すプロセス」を描いています。

読み進めることで、
「我慢するしかなかった自分」から
「選び直せる自分」へ向かうことを目指しています。

はじめに ― なぜ「全部あの人がやってます」が始まるのか

職場で、こんな場面を見たことはないでしょうか。

トラブルが起きたとき。
説明を求められたとき。
責任の所在が問われたとき。

なぜか、決まってこう言われる。

「その件は、ほぼあの人が全部やってます」

「詳しいことは、あの人に聞いてください」

気づけば、
仕事も、説明も、対応も、矢面も、
すべて一人に集まっている。

これ
個人の性格や能力の問題にも見えますが、
実際には組織構造によって誘発される現象です。


一見すると、それは

「優秀だから任されている」
「信頼されている証拠」

のようにも見えます。

しかし実際には――

そこには、
責任を回避するマネジメント構造
静かに作られていることがあります。

この回では、

なぜ「全部あの人がやってます」が始まるのか
なぜ優秀な部下が“”にされていくのか
そして、どうすればそこから抜け出せるのか

これは特殊な出来事ではなく、
組織では一定条件が揃うと自然に起こる状態です。

ここから静かに構造的を整理していきます。

なぜか、一人に集まっていく仕事と責任

職場で、こんな状況に心当たりはないでしょうか。

・問い合わせはすべて自分に来る
・説明役はいつも自分
・トラブル対応も自分
・でも決定権はない

気づけば、
「実務・説明・調整・矢面」
すべてを一人で抱えている。

周囲からは、

「頼りにされているね」
「信頼されているんだね」

と言われます。

でも、本人はどんどん苦しくなっていく。

これは“偶然”ではありません。

「任せる」と「丸投げ」は違う

健全なマネジメントでは、

・責任は上司
・実務は部下
・判断は共有

という分担があります。

ところが、
責任回避型の上司のもとでは、
この構造が崩れます。

最初は「任せる」形で始まります。

「君に任せるよ」
「詳しいからお願い」

一見、信頼のように見えます。

しかし、次第にこう変わります。

・説明は全部部下
・報告は部下任せ
・失敗時も部下対応

――責任だけ、上司が持たない。

これが「丸投げ型マネジメント」です。

一見、個人の性格の問題に見えますが、
実際には組織構造によって誘発される現象として捉えています。

上司はなぜ“前に出なくなるのか

では、なぜこうなるのでしょうか。

多くの場合、背景には:

・判断への恐怖
・失敗への不安
・批判への弱さ
・自己防衛

があります。

自信がないわけではありません。

責任を背負う力」が育っていないのです。

その結果、
“できる部下”を盾にします。

「矢面に立たせている」
「失敗したらその人のせいにできる状態を作っている」

こういったことが出来上がります。

情報コントロールが始まる瞬間

ここから、構造はさらに歪みます。

上司は無意識に、
情報の流れを操作し始めます。

・報告は部下経由
・説明も部下任せ
・主語をぼかす
・決定責任を表面上は曖昧にする

例えば、

詳しいことは、あの人がやってます
「現場はあの人に任せています」
自分はよくわからないんです

という言い方です。

こうして、

表に出るのは部下
裏に隠れるのは上司

という関係が固定されていきます。

――でも、裏では決定権だけは手放さない
かなり歪んだ状態です。

私自身が巻き込まれた経験から

私自身も、過去にこの構図に巻き込まれたことがあります。

業務は抽象的にしか説明されず、
現場では具体的な調整が求められる。

その「翻訳役」「調整役」「説明役」を、
ほぼ一手に引き受ける形になっていました。

いつの間にか、

「この件は私がやっている」
「私が把握している」

という状態が作られていきました。

結果として、周囲からは、
意図せずして

私=上司側の人間

まるで「私が主導している

のように見える構図ができていたのです。

実際には、
私は“”として立たされていただけでした。

なぜこんな構造が生まれるのか

このタイプのマネージャーに多いのは、

抽象と具体を行き来できない
✔ 説明責任を怖がる 
またはめんどくさがる
✔ 対立を極端に避ける 
またはめんどくさがる
✔ 「嫌われる決断」ができない
 または嫌われすぎている

という特徴です。

つまり、
能力というより「心理的弱さマネジメント経験の不足」が背景にあります。

自分で説明できない。
責任を持つのが怖い。
だから、誰かに背負わせる。

――とても人間的ですが、
組織にとっては大きなリスクになります。

なぜ感受性の高い人が選ばれるのか

この“盾役”に選ばれやすいのは、
決まって似たタイプです。

・責任感が強い
・説明が得意
・投げない
・誠実
・空気を壊さない

つまり、
ちゃんとした人」です。

感受性の高い人ほど、
この役割を引き受けてしまいます。

「私がやった方が早い」
「迷惑をかけたくない」

そう思ってしまうからです。

「全部やってます」と言われ始めたら、黄色信号

もし、あなたが今、

〇〇さんが全部やってますよね
頼りにしてます

と言われる機会が増えているなら。

それは、
評価されているサインであると同時に、
利用され始めているサインでもあります。

大切なのは、

情報を独占しない
役割を明確にする
・「それは管理職の仕事です」と線を引く

ことです。

優しさだけでは、守れません。

「疑似リーダー」という最も消耗する立場]

こうして生まれるのが、
疑似リーダー”です。

実態は:

・権限なし
・裁量なし
・評価は曖昧
・責任だけ重い

なのに、

周囲からは
「中心人物」に見える。

最も消耗するポジションです。

抜け出すための現実的な防衛策

この構造から抜けるには、
「頑張る」では解決しません。

必要なのは、仕組みです。

主語を戻す
「私が」ではなく
上司判断で」「チームとして

② CC文化をつくる
必ず複数共有

記録を残す
口頭だけにしない

④ 引き受けすぎない
確認します」で止める

これは自己防衛であって、
無責任ではありません。

おわりに ― 盾にされた経験は、あなたの実力の証

最後に、伝えたいことがあります。

盾にされる人は、
能力がある人です。

信頼されていなければ、
そもそも選ばれません。

でも――

能力を搾取する環境に、
居続ける必要はありません。

あなたは、
誰かの防波堤になるために
働いているのではないのです。

このシリーズが、
あなたが自分を守るための
言葉になれば幸いです。

誰にも理解されなかった感覚が、
ここでは言葉になっていたなら、
それだけで十分だと思っています。

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